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Kentaro Kuribayashi's blog

Software Engineering, Management, Books, and Daily Journal.

2016年4月に読んだ本をブクログでふりかえる

今月は21冊。わりと雑然と読んでいた感じだけど、量だけはそれなりにあった。

栗原康さんの新刊『村に火をつけ、白痴になれ――伊藤野枝伝』は、例によってリズム感のある文体が心地よい。伊藤野枝自体もとても面白い。ここ1年ほどで刊行された『はたらかないで、たらふく食べたい』や『現代暴力論』の2冊も面白い。大杉栄伝も買ってはあるけどまだ読んでないので、そちらも読まないとな。

仕事関連に役立つかなと思って読んだのが『なめらかな社会とその敵』、『複雑系入門』、『ヒューマンコンピューティングとクラウドソーシング』、『know』、『メイカーズのエコシステム』、『「知」の欺瞞』あたり。それぞれの本に様々な着想を得たので、活用していきたいところ。もっと考え方を変えて、違うアプローチができると思う。

その他、今月はセキュリティスペシャリストの試験を受けたので、その参考書もひと通り読んだりした。ちゃんとやってみるとそれはそれで面白くなってきて、もうちょっと掘っていきたい気持ち。

kentaroの本棚 - 2016年04月 (21作品)
週刊東洋経済 2016年4/9号
週刊東洋経済 2016年4/9号
-
読了日:04月10日
評価3

幸せになる勇気
幸せになる勇気
岸見一郎
読了日:04月18日
評価3

know
know
野崎まど
読了日:04月20日
評価3

テキーラ大鑑
テキーラ大鑑
林生馬
読了日:04月27日
評価4

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2016年4月30日

日記

『Unixの考古学』を読んでいる。この本は、「UNIX USER」の連載がずいぶん長い時間を経て書籍化されたものなのだけど、当時、プログラミングを始めたばかりの頃、背伸びしてその雑誌を買っていて、その時に目にしてはいたけれども、書かれている内容がよくわからなくて飛ばしていたななと思い出す。それから10年ちょっと経って、いまはとても楽しめる。

1950年代〜70年代の、計算機の黎明期から発展期にかけての文章を読むと、いつもとてもエキサイティングな気持ちになる。ドラマティック。単純に、やってることがすごい。しかし、その後の時代や、あるいはもちろんいまだって、それはそれで面白いことをやっているはず。この20年ぐらいの話だって、後世からしたら同じような気持ちを将来に感じさせるかもしれない。

この本にもちょっとだけ出てくるけど、ARPA/IPTOのディレクターで、後にパロアルト研究所のディレクターをすることになるロバート・テイラーというひとを自分のロールモデルのひとりだと思っているのだけど、もっとこの時代の話を読み込んで、あるいはその後の歴史について知ることで、これから自分がやっていくべきことに対して活かしていきたい。

#minneのハンドメイドマーケット にいってきた

4/28, 29, 30の3日間、東京ビッグサイトで行われている「minneのハンドメイドマーケット」に行ってきました。

minne.com

すごく大盛況で、自社のサービスのイベントながら、誇らしい気持ちになりました。

minneでは珍しい電子工作の作品と、波佐見焼の蕎麦猪口を購入。

あらためて、これだけたくさんの方々が関わっているサービスに携われていることに喜びを覚えるとともに、よりよいサービス提供のためにもっとがんばっていきたいと思いました。

4/30までやっているので、ご都合のつく方は是非お立ち寄りください。きっと楽しいですよ。

2016年4月29日

日記

minneのハンドメイドマーケットに行ってきて、ブログを書いた。その後本を読んでいたら、TさんとAさんが近くで飲んでいるというのに呼ばれたので、行く。いろいろとおしゃべり。結局、4時過ぎの閉店までいた。外に出ると夜が明けつつある。もう4月も終わりという時期を実感する。

2016年4月28日

日記

「ふわっとした」という形容がある。使用例としては、「ふわっとした考え」とか「ふわっとした発言」など。具体性がなく曖昧なこと、ぐらいの意味だろう。ある人物のみに帰属するだけでなく、たとえば「MTGをしたが結論が出ずにふわっとしておわった」という使い方もできる。

どういう言葉でもそうだが、この言葉もまた使用する文脈によって評価が変わるべきものだろう。たとえば、具体的にすぐに動き出すアクションを決めるべきときに、なんとなく方向感だけがあって実際には何をやればいいかわからないみたいなことは困るし、そういうのはよくない意味において「ふわっと」している。

一方で、考えを広げたい時や、そもそも一般的あるいは抽象的に物事を捉えたい時には、最初から細かい具体性に立ち入るよりも、言葉のみで構成された議論をする必要があることもある。そういう時には、ある意味では「ふわっと」物事をとらえたり構築したりしなければ、そもそもの目的にそぐわない。

そのように、可能性を論理的に列挙するフェーズと、具体的なアクションを決めるべきフェーズとでは、自ずから考え方のモードも変えなければならない。重要なのは、いま何を考えるべきなのかという目的と、それを達成するにはどうしたらいいかということである。そして、そういうメタな認識こそ、ひとは「ふわっと」させがちだ。

2016年4月26日

日記

スケール観が重要という話はブログにも以前書いた通りなのだが、ある時期に機能したそれが、時間を経るにつれてより大きなものとして必要になることは普通にあり得ることで、自分の考えもまた、新しい状況に応じて大きく広げていかなければならないと思う。そのためにあれこれと考えを巡らせているところ。

Appleの研究開発費が売り上げの3.6%という記事を見て(それでもそんなに高い比率というわけではないみたいだが)、仮にうちの会社で同率の売上比の金額を研究開発に使うとしたら何をやるかなと考えてみた。前提条件としては、研究開発に使うというのは当然として、もちろん将来の大きなものリターンにつながりそうかどうかを考慮する。

いざそうやって具体的に考えてみると、けっこう難しい。細かいことはあれこれとあるが、ではそれで将来の大きなものリターンにつながるかというと、それはそれで心もとない感じもする。まあいろいろやりたいことはあるので、なんもないということはないのだけれども、そもそもそんな一朝一夕にそういうことができるわけでもない。

となると、なんだってそうだろうと思うけれども、単発の金額というよりはむしろ、もうちょっと中長期的なビジョンのもとで継続的に取り組んでいく必要があるよなあと、当たり前のことをあらためて思うのだった。とはいえ、そういうことをたまには考えて、いまやっていることを見直していかないとならないと思う。

2016年4月25日

日記

テキーラといえば、なんかウェイウェイな感じの飲み屋でひたすらショットをあおるって飲み方をするお酒という巷間に出回ったイメージを、特に考えもなく自分も持っていて、かつ、実際に飲む場面においてもそんな感じだったから、特に自分から進んで飲む酒というものではなかったのだが、先日、歌舞伎町にできた「カーサ・テキーラ」に行った際にたまたま飲んでみたのがやたら美味しくて、これは掘っていくべき素晴らしいお酒だと確信した。

それでネットでググったりしていたのだけど、ウェイウェイあおるように飲むテキーラは、竜舌蘭100%というわけではない、混ぜ物をして蒸留して作られたものらしく(さらにいえば、だいぶ安物だろう)、先日飲んだものとは、醸造と蒸留で製法は違うけれども、日本酒でいえば純米酒とそうでないものの違いみたいなもののようだ。それだけではなく、製造後の熟成期間によっても違いがある。基本的には、長く熟成したものが高く売られているようだ。

お酒は好きだけれども、日本酒はそれなりに、ウィスキーは多少嗜んだ程度で、あとは適当にその辺にあるものを飲んでいるわけだが、世の中にはたくさんの種類のお酒があって、飲んだことはないけど実は美味しいというものがたくさんあるのだろう、そう思うとあれもこれも飲んでみたいなあと思う。ワインはわりと手軽にいろんなものが入手しやすいと思うが、それにしたって全然知らないし、もったいない。まだ見ぬ楽しみが、世の中にはたくさんある。

2016年4月24日

日記

今日は夕食の買い物に出る以外、ずっと家から出ずに本を読んでいた。昨日からの続きで『「知」の欺瞞』と、「サンガジャパン」の最新号。前者は、目的に対してはまるで役に立たない本であることが判明したのだったが、もっと基礎的な能力を身につけないとなあという反省をもたらしてくれたという意味では、目的外ではあるが、よかったのかも。