Subscribed unsubscribe Subscribe Subscribe

delirious thoughts

by Kentaro Kuribayashi

二子玉川の蔦屋家電に行った

今年の5月3日に二子玉川にオープンした蔦屋家電に行ってきた。代官山蔦屋からそう遠く離れていないところに住んでいるので、そちらには毎週のようにいっていて、家電の方も気になっていたのであった。

入店してまず思ったのは「思いの外書店だな」ということ。入るとすぐに様々なジャンルの書籍や雑誌が立ち並び、右手には広めのスタバ。左手、壁の奥にパソコンやカメラなどの精密機器系家電のフロアがある。そのあたりをひと通りまわってみて、まあオシャレではあるけど、書籍好きとしてはあんまり惹かれないなあと思ったのだったが、しかし、本領は2Fにあった。

「ライフスタイルを買う家電店」というキャッチコピーの通り、飲食関連の充実した書籍のラインナップと調理関連の家電とが隣りあっており、美容関連の本もまた美容器具やフィットネス器具とという感じで配置されていて、普通にぶらぶら歩きながら眺めているだけでも楽しい。ラインナップ的にもデザイン家電のようなものが多いし、そうでないものも見栄え良くディスプレイされているので、オシャレ感がある。

家電屋といえば、単価は高いものの激しい競争圧力により利幅が極めて小さく、しかも大型の店舗や熟練した従業員が必要な業種であるだけに、リスクをとって大規模な店舗展開をする以外に打ち手がありそうにはあまり思われない。その結果として、家電量販店業界は昨今苦戦しているところが多いと聞く。しかし、昨今ではビックカメラのように酒販を始めたり、ヨドバシカメラのように百貨店化したりする展開が見られ、手をこまねいているばかりではないようだ。

いずれにせよ共通していえるのは、すなわち、多品種を扱うことによって売上をとっていこうという戦略だろう(ヨドバシに関しては、ヨドバシが王者アマゾンを猛追する転機となった消費者のある行動 | 日刊SPA!にある通り、いわゆるオムニチャネル展開が功を奏しているようで、その点では単に多品種展開しているという話ではないが、ここではおいておく)。

一方で、蔦屋家電はそれらとはまったく異なる戦略をとっているように思われる。蔦屋の考えはこうだろう。「競争圧力さえなければ、家電は単価も高いし、利幅は大きい。利益率を下げずに家電を得るにはどうしたらいいか?」

  1. 周囲に家電量販店がなく、近年開発が盛んで所得水準も高い二子玉川に立地する
  2. その上で、代官山蔦屋で培ったノウハウを家電と組み合わせ「ライフスタイルを買う家電店」として売り出す
  3. 結果として、他店との競合はもとより、ネット購入前提のショールーミングも回避できる状況を作り出す(蔦屋のオシャレ感あってこその家電だから、あとでカタログ的なECサイトで買っても興ざめするだろう)

こんな感じなのではないかと思う。他社が、多品種展開することであきらめた家電の競争的な割引なしでの販売を、蔦屋家電は「ライフスタイル」という付加価値をつけたことで実現しようとしているのだろう。そして、この戦略は、「本などを中心としたディスプレイによるライフスタイルの提案 + X」という形で、他にも様々に水平展開できるモデルであるようにも思える。

激しい競争圧力下にある商材においても、このようになにかしらの付加価値をつけることで、競争からひとつ上のレイヤに抜きん出て商売できるのだなというのをあらためて示されたという意味で、面白い体験だった。まあ、僕は家電自体にほぼ興味がないのでなにも買わなかったのだけど。

栗原康『はたらかないで、たらふく食べたい』

知らない人の本なのだが、@nagayama が買っていたのを見て購入。社会に対する意見としては相容れないのだけれども、話の運び方が上手だし、表現も面白い。「生の負債化」というのもよいフレーズだ。

はたらかないで、たらふく食べたい 「生の負債」からの解放宣言

はたらかないで、たらふく食べたい 「生の負債」からの解放宣言

  • キリギリスとアリ - はたらくこと馬車馬のごとく、あそぶこと山猿のごとし
  • 切りとれ、この祈る耳を - 耳切り一団
  • 3・11になにをしていたか? - とうとう江戸の歴史が終わった
  • 豚小屋に火を放て - 伊藤野枝の矛盾恋愛論
  • 甘藷の論理 - うまい、うますぎる!
  • 地獄へ堕ちろ - ヘイトスピーチか、それともスラムの念仏か
  • 他人の迷惑かえりみず - 心得としての高野長英
  • お寺の縁側でタバコをふかす - 大逆事件を旅してみれば
  • 豚の足でもなめやがれ - もののあはれとはなにか?
  • 大杉栄との出会い - 赤ん坊はけっして泣きやまない
  • ヘソのない人間たち - 夢をみながら現実をあるく
  • 反人間的考察 - 歴史教科書としての『イングロリアス・バスターズ』
  • 豚の女はピイピイとわめく - 老荘思想の女性観
  • だまってトイレをつまらせろ - 船本洲治のサボタージュ論
  • あとがき

岸政彦『街の人生』

岸政彦『断片的なものの社会学』が面白かったので、同著者のこの本も読んだ。『断片的』にもいくつかあった形式の、インタビューのみで構成された本。今回は著者の考えがほぼ反映されておらず、淡々とインタビューを読む感じ。これはこれでとても面白い。

ただ、こういってもしかたないことだとは思うけど、研究動機の関係上だろうと思うけど、出てくるひとが偏ってくるところに著者の方法に物足りないものを感じないわけではない。この本に出てくる人々は、端的にいって「ふつう」の社会から少し、あるいは大幅に外れてしまっているひとが多い。そうなると、そういう人々が話す内容は、自動的に「面白さ」という意味で底上げされてしまうと思う。

『断片的』の感想ツイートでも少し書いたけど、以前ブログサービスの開発チームにいた時は、ほんとに普通の、そのへんのリーマンとかおばちゃんとか、そういうひとが生活を淡々と書いてほしい、そしてそれこそが最高に面白いのだと思っていたし、そのような話をしたりもしたことがあった。この本に出てくる人々は、そこからは遠い。

『断片的』では、知らないひとのブログを読むのが面白いと書いていたが、例示されるのが異性装者のブログであり、そこには趣向の偏りが明確に見られると思う。まあ、だからといってだめだということはないけれども。

街の人生

街の人生

  • はじめに
  • ルイス - 国、家族、愛
  • りか - 「女になる」こと
  • マユ - 病い、尊厳、回復
  • よしの - シングルマザーとして、風俗嬢として
  • 西成のおっちゃん - 路上と戦争
  • あとがき

保城広至『歴史から理論を創造する方法』

社会科学の方法論には興味があって、これまでにも本書でも言及されているKKV『社会科学のリサーチ・デザイン』や、久米『原因を推論する』、高根『創造の方法学』などなどあれこれ読んだりした。本書はその最新版って感じ。

イシュー・時間・空間を限定(中範囲)した上で、その中であり得る事例を全枚挙し、アブダクションにより導出された仮説を作っては捨ててを繰り返し、歴史学的方法でもって記述をしつつ、事例/原因のマトリクスで必要条件/十分条件等を導出するのだというのは、なるほどその通りだなあと思う。

一方で、マートンを読んでないからわからないけど、「中範囲」ってのはたとえば「〜という論理的な仮定をおいた上で、〜は〜だ」という「理論」にはなり得ないのかな。本書で例示される物理的な「中範囲」内の十分条件を示した話だけだと、なんかそれって「理論」なのかなあという気持ちになる。

歴史から理論を創造する方法: 社会科学と歴史学を統合する

歴史から理論を創造する方法: 社会科学と歴史学を統合する

  • はじめに
  • 序章 歴史と理論: 古くて新しい緊張関係
  • 第1章 中範囲の理論: イシュー・時間・空間の限定
  • 第2章 「説明」とは何か?
  • 第3章 帰納/演繹、アブダクション
  • 第4章 構造的問いと事例全枚挙
  • 第5章 過程構築から理論化へ
  • 終章 さらなる議論を!

戸田山和久『哲学入門』

レイチェル・クーパー『精神医学の科学哲学』など、科学史や科学哲学の本をちょっとずつ読んだので、1年ちょっと前の刊行当初に買って読みさしてあったこの本をあらためて読んだ。

「意味」や「機能」など、目次の章タイトルになっている言葉について、「ありそでなさそでやっぱりあるもの = 存在もどき」を、いかにして「モノだけ世界観」に描き込むかという方針で、唯物論的な自然法則が支配する世界からそうした「存在もどき」が現に「発生」し得るということを延々述べている。各章の細かいところまではなかなか頭がおいつかなくて理解できないところもあるのだが、少なくとも、我々がふつうに考えるよりもずっと、そうした「存在もどき」たちは「モノだけ世界観」で説明できるのだなあと説得される。

一方で、第6, 7章「自由」「道徳」に入ってくると、それまでの「存在もどき」たちが根底的であるように思えるところから、より「社会的」(といういいかたでいいのかわからないけど)になってきて、疑問が出てくる。究極のところでは、人間がいまあるように進化したことをメタに見た時に「人生に意味があるか」という問いがあり得て、それに対してはネーゲルとともに、人間は小さな「目的手段推論」を行う存在であって、そのことを真面目にとらえて無意味とか思わなければいいというわけだけど、そういうことじゃないよなあと思う。

そういう「説教」の水準としては、ひとりの「オトナ」としてはそれはそれで同意するのだけど、別に無意味だといってるのではなくて、「存在もどき」たちを本書のように根源から自然化した上で、人生には意味も無意味もないよねという話だと思う。それはネガティブなことでもなんでもなくて、単に観照する以上のことはない話なのではないか。その上で、人間たちの社会が「自然法則」のレベルではそうであったとしても、デネット的な「観点」によっては普通にいわれる「自由」「道徳」が有用であり得るし、それでいいのだと思う。

ローティ的な反基礎付け主義という文脈でいうと、唯物論者として本書の「存在もどき」の導出には同意するけれども、現に「社会」においては「観点」が違うのだから、唯物論に基礎を求めたってあんまり意味のない話だろうと思う(だからこそローティは「進化論」に言及はするけどさらっとそうするにとどまるのだろう)。リバタリアン的自由を「オカルト」といって著者は切り捨てるが、「社会」の「観点」からいえばこの本の議論だってそのままでは「我々はそういう自由の話をしていない」「自由はXXであるべきだ」といわれて終りになるだけだろう。

そんなわけで、哲学あるいは科学としては(?)同意するけれども、有用性を重んじるべき「社会」の文脈では普通にローティ的リベラルを採るなあという思い自体は変わらないなあと思った。

哲学入門 (ちくま新書)

哲学入門 (ちくま新書)

  • 序 これがホントの哲学だ
  • 第1章 意味
  • 第2章 機能
  • 第3章 情報
  • 第4章 表象
  • 第5章 目的
  • 第6章 自由
  • 第7章 道徳
  • 人生の意味 - むすびにかえて
  • 参照文献と読書案内
  • あとがきまたは謝辞または挑戦状

青木峰郎『10年戦えるデータ分析入門』

版元のSBクリエイティブさんからいただきました。ありがとうございます。

10年戦えるデータ分析入門 SQLを武器にデータ活用時代を生き抜く (Informatics &IDEA)

10年戦えるデータ分析入門 SQLを武器にデータ活用時代を生き抜く (Informatics &IDEA)

青木峰郎さんといえば、プログラマとしてのご活躍によって高名でいらっしゃるのはもちろんのこと、『ふつうのLinuxプログラミング Linuxの仕組みから学べるgccプログラミングの王道』を始めとする「ふつうの」シリーズなどでも有名な著者として昔から大変お世話になっており、私にとってはついつい文体が尊敬語化してしまうような存在です。「正確無比であること」「わかりやすいこと」「退屈させない面白さ」というのは、ふつうはその3つを同時に満たすことはできないCAP定理のようなものなのですが、青木さんの本はどれも「ふつう」でないものばかり。それはSQLとデータ分析を話題にしたこの本でも同様です。

Webエンジニアが日常の開発において扱うRDBMSを用いたデータ処理は、Webアプリケーションへのユーザのリクエストに対してリアルタイムに応答を返す必要があるという文脈におけるものでしょう。そのようなOLTP(Online Transaction Processing)とは対照的な性質を持つ「データ分析」に本書は特化し、エンジニアのみならずプランナーをも対象として、そのためにどういう技術が必要なのかをいちから解説していきます。その射程は、ごく単純なselect文でのデータ抽出から始まり、joinによるテーブル結合を駆使したバスケット分析、果ては大規模なデータ分析基盤の構築にまで及びます。

また、SQLについてはそれなりに経験があるよというひとにとっても役に立つ本であり得ます。これはまあ僕がものを知らないだけという話ではありますが、第8章で紹介されるウィンドウ関数について、本書で初めて知りました(MySQLには実装されていない)。たとえばp.170からのrankウィンドウ関数による月毎の売上ランキングを出す場面など、アプリケーションコード側でやっちゃうだろうなあと思えるような処理も一発でできる。これは便利。本書が説明に利用するPostgreSQL特有の話もちょいちょいあって、あんまり使ったことがないので面白い。

あとの1/3は第2部として、著者の経験からきたのであろうデータ分析基盤システムの話。特に「SQL中心アーキテクチャ」の話が、自分でもそうしたものをなんとか作ろうと苦慮していたものとして、とてもためになりました。分析データベースの層を、ソースデータ層、DWH(データウェアハウス)層、アプリケーション層に分けること、バッチを冪等にしましょうという話、ワークテーブルやサマリテーブルはどんどん作って良いという指針など、あの時この本を読んでいれば手探りで試行錯誤する必要もなくてもっと楽だったのに、と思うことしきり。そういう意味では、直接の分析者のみならず、基盤作りを担当するひとも読んでおくとよいでしょう。

そんなわけで、データ分析を志すエンジニアおよびプランナーにSQLを教えるというスタートから、データ分析基盤の構築やその際の具体的なtipsまで、「ある意味混乱した構成」(p.320)と著者自身が書くほどに多岐にわたる本書は、多くのひとにおすすめできる本だと思います。てか、僕自身がもう一度勉強し直さないとな……。

10年戦えるデータ分析入門 SQLを武器にデータ活用時代を生き抜く (Informatics &IDEA)

10年戦えるデータ分析入門 SQLを武器にデータ活用時代を生き抜く (Informatics &IDEA)

  • 第1部 SQLによるデータ分析
    • 第1章 10年戦えるデータ分析の技術
    • 第2章 さわってみよう RDBMS
    • 第3章 簡単!select文でデータ探索
    • 第4章 すべての分析は集計から始まる
    • 第5章 関数で自由自在に新しいカラムを作り出す
    • 第6章 ジョインを制するものはRDBMSを制す―基礎編
    • 第7章 ジョインを制するものはRDBMSを制す―応用編
    • 第8章 遅れて来た分析SQL最強の武器―ウィンドウ関数
    • 第9章 縦と横は難しい
    • 第10章 アクセスログのセッション分析をする
  • 第2部 分析システムの構築
    • 第11章 10年戦えるデータ分析システム
    • 第12章 ビッグデータに立ち向かう
    • 第13章 SQLバッチの技法
    • 第14章 本書を読み終えた後に
    • 付録 PostgreSQLのインストール

岸政彦『断片的なものの社会学』

まさに「断片的なもの」への興味というのはずっとあったのだし、しかし、だんだんとそういうのを忘れていってしまい、そういうのがわからなくなってしまってきているのを反省したいなと思ったりして、読んだ。素晴らしい本。

断片的なものの社会学

断片的なものの社会学

  • イントロダクション - 分析されざるものたち
  • 人生は、断片的なものが集まってできている
  • 誰にも隠されていないが、誰の目にも触れない
  • 土偶と植木鉢
  • 物語の外から
  • 路上のカーネギーホール
  • 出ていくことと帰ること
  • 笑いと自由
  • 手のひらのスイッチ
  • 他人の手
  • ユッカに流れる時間
  • 夜行バスの電話
  • 普通であることへの意志
  • 祝祭とためらい
  • 自分を差し出す
  • 海の向こうから
  • 時計を捨て、犬と約束する
  • 物語の欠片
  • あとがき

レイチェル・クーパー『DSM-5を診断する』

レイチェル・クーパー『精神医学の科学哲学』の続きとして。本書で語られるような問題はともかくとして、しかし、DSMの改訂ってのは大事業だなーとあらためて思ったり。

DSM-5を診断する

DSM-5を診断する

  • DSMとは何か
  • 第1章 DSM-5 - 変更点の概観
  • 第2章 改訂プロセスに関する論議 - DSMと製薬産業
  • 第3章 改訂プロセスに関する論議 - 透明性と患者の関与
  • 第4章 内容にかかわる論点 - 新たな診断の誕生 - ためこみ症
  • 第5章 内容にかかわる論点 - 自閉スペクトラム症の境界の変更
  • 第6章 フィールドトライアル - DSM-5と信頼性の新たな危機
  • 第7章 DSMの未来
  • 訳者解説