Kentaro Kuribayashi's blog

Software Engineering, Management, Books, and Daily Journal.

2018年4月25日

得意であるとはいいがたいことを進めていくのは大変ではあるが、なんとか少しづつでもやっていかないとなあという気持ち。

写真は魔術 アート・フォトグラフィーの未来形』を眺める。2010年以降の現代写真について広く取り上げている便利な本ではあるものの、まだこれでも保守的な感じを覚える。取り上げてる作品が全部プリントであり、現代写真はその傾向として物質性を追求するという以前に、そもそも無批判に物質そのものとして提示している。我々の視覚に入ってくるイメージは、もはやかなりの部分がデジタル機器に映し出されるものばかりなのだから、小林健太さんのように「スクショも写真」という方がかっこいいし本質的だと思う。

写真を1枚作る。

2018年4月24日

どうも、服用している薬(ヤバいものではない)のせいでダルい感じ。しばらくは続くのかな〜。

友人が、写真よいねといってくれる。そういわれて悪い気はしないと思う。とはいえいまの感じにも飽きてきて、いよいよフィルムカメラ熱が高まってきたので、代官山蔦屋書店に寄ってフィルムカメラ本を買う。その他、『写真は魔術 アート・フォトグラフィーの未来形』や「Pen」の写真特集号も。帰宅して読む。

写真を2枚作る。

2018年4月23日

ひたすら「IMAマガジン」を読む。それに加えて、あれこれ写真集や展覧会なども見ているのでどんどん美意識が更新されていって、自分がどういう好みを持っているのかがどんどんわからなくなっていく。とてもいいこと。そういうのが楽しい。自分の感覚の持続性なんて、どうだってよいことだ。

写真を3枚作る。

2018年4月22日

モホリ=ナジと同時代のドイツ写真についての展覧会図録を眺める。モホリ=ナジのフォトグラムはかっこいいなあ。いま見ても、プレゼンテーション次第では普通に現代写真としてありそうな感じ。モホリ=ナジについて、通り一遍のことしかしらないので、もうちょっと掘ってみようと思う。

S氏と待ち合わせで日比谷へ。ミッドタウンに初めて行く。めちゃめちゃ混んでいて驚く。見て回るなら、平日の夜の方がいいんだろうなあ。混んでて無理なので、外に出て昼食。また舞い戻って、上からぐるぐる回りながらみていく。赤坂のミッドタウンとは比べようもなく、最近できたところでいうとGSIXと比較しても、内装のクラシックな感じとテナントのレベル感がちぐはぐだし、狙いがよくわからないと感じる。

地下の住吉酒販の角打ちで、田中六五の別バージョンを飲む。この出店を祝って蔵元が特別に作ったバージョンとのことで、ここでしか買えない、飲めないようだ。せっかくなので飲んでみたのだが、ちょっと決まりきらない感じで、ぼんやりしている印象。小笠原味醂と七本鎗を買う。

銀座へ。資生堂ギャラリーで、蓮沼執太さんの展示を観る。金管・木管楽器の残骸がしきつめられている中を、ギリギリ、ガシガシ踏み鳴らしながら歩くことがこんなに楽しいなんて!興奮しながら、うろうろしたり、手にとってみたり。めちゃ楽しい。これは、本来は大切なものを踏みにじりまくっているという背徳的な感覚もあるのだろう。それとともに、単に音がなる体験がいい。

帰宅して、青椒肉絲を作る。普通は酒と砂糖を使うところだが、買ってきた味醂をさっそく使う。

2018年4月21日

写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと(字幕版)」を観る。フランソワ・アラールによる、ソール・ライターの住居を撮った写真集によって、ああいう静謐なところに住んでいたものとばかり思っていたので、この映画でソール・ライターが延々ぶちぶちいいながら片付けをしている雑然ぶりに、自らの不注意を恥じる。この作品のソール・ライターは、やはり人間は歳を取るとこうなるのかという面倒くさいおじいちゃんぶりを発揮していたが、人生を積み重ねてきた屈託がそうさせるのだろうなとも思う。

自転車にのって外出。山手通りをまっすぐいって、オペラシティへ。五木田智央展。以前の作品は、なぜだか20世紀初頭的なキュビズムぽい感触を感じて、なんとなく合わないなと思っていたのだが(キュビズム自体は好きなのだけど)、今回の展示に出ている最近作群は、大きな構想力に基づく絵が、必要最小限のストロークのみでスマートに描かれていて、ものすごく好み!行ってよかったなあ。図録も欲しかったけど、写真集とかたくさん買う予定なので、やめ。

代々木八幡方面へ戻り、SO BOOKSへ。写真集がたくさん!あれこれためすすがめつしつつ、ほしい写真集がたくさんあるものの、古いものをどう買っていくかについて考えがあまり及んでいないというのもあり、とりあえず1990年に写美で行われた「モホリ=ナジとドイツ新興写真」展の図録と、島尾伸三さんの『季節風』『生活』を買った。後者は、昔読んだことがあるのだけど、あらためていま読むと感じ方も違うだろう。

んでもって、表参道のGYREへ落合陽一展を見にいく。落合さんの昨今のコンセプトは、問題含みであるとはいえ、とても共感できるなあ。最新鋭の研究と、日本的な「然び」の融合。最近著などを読むと、そういう美的な感性とテクノロジへの没入とが、あまりにも直接に結びついているというところが危うさを感じもするのだし、技術者として共感もするところでもある。

さらにSHELFへ寄り、伊丹豪さんと春木麻衣子さんの写真集を買う。ああ〜、ほしいのたくさんあるよ〜〜〜。と思いつつそのあたりをぶらぶらして、青山墓地から西麻布を経由して恵比寿へ。ちょっと写真を撮ったりする。んでもって「めぐたま」で休憩。ルイジ・ギッリの、モランディのアトリエを撮った写真や、十文字美信さんの『感性のバケモノになりたい』などを眺めたりする。

帰宅して、買ってきた写真集などを眺めつつ、絵を作る。

伊勢五本店で赤武Airと小布施ワイナリーのお酒を購入。特に赤武Airは、12度で原酒という、醸し過ぎない造りによって、ソーダでも飲んでいるかのような爽やかさを実現していて、まさに革新的なお酒だと思う。驚き。一時期の「酵母遊び」(©仙禽の杜氏さん)のようなところから抜け出して、ほんとに面白い酒を造る蔵がいくつか現れてきたと感じる。

2018年4月19日

終業後、若者と米心へ飲みに行く。

「ヒップホップ・エボリューション」の続き。ヒップホップって、直接の歴史としてはたかだか40年ほどしかないわけで、クール・ハークもアフリカ・バンバータもグランドマスター・フラッシュもピンピンしている。3人とも自分の親よりも年下だ。

ふたつ写真を作る。

2018年4月17日

終業後、送別会。

個人的なメイプルソープ再評価ということで、1992年に東京都庭園美術館で行われたメイプルソープ展の図録を、Flyng Booksで購入。メイプルソープの写真集が、税関でとめられるという事件もあったりした時代。性器が大写しに写っているような作品は当然ないのだけど、それはともかくとして、代表的な作品やカテゴリは網羅されていて、一定のクオリティを示した回顧展だったのだろうと思える。いろんなタイプの好きな写真があるが、メイプルソープのような完璧さがいまは気持ちいい。

浅田彰氏は、メイプルソープは下賤とされる者と高貴な者とを転倒させるために古典的なまでに完璧な構図を用いたと述べ、それはその通りだと思うが、それに加えて単純に、数ミリ動かしただけで崩れてしまう均衡への偏愛があるのだろう。ヴォルフガング・ティルマンスの抽象写真のような、単に抽象的なものを写したものとは異なり、ロバート・メイプルソープの、完璧すぎるがゆえに、いまにも崩れ落ちんとごくごく微細にうちふるえる均衡は、「美しさ」そのものを表象する、真に抽象的な写真である

とするのは、非歴史的な相対化が過ぎる評言との誹りを免れなかろうとは思うけれども、現在の感受性が作品そのものに対峙した時、そのように感じることこそがむしろ、メイプルソープの可能性の中心であろう。無論、歴史的には転覆の構図と観るのが妥当であろうとはいえ、彼の死後30年近くが過ぎ、端的な美しさを、それのみをメイプルソープの写真に見いだすことは、非歴史的であるというよりは、単純に感受性の進歩として称揚してよかろうことだと思う。

WALL DECORがどんな感じか、試しにプリントを注文してみたSeascapeシリーズの一枚が届いた。