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Kentaro Kuribayashi's blog

Software Engineering, Management, Books, and Daily Journal.

大きな構想を持つこと

マネジメント

DeNAのZIGOROuさんによる技術選択とアーキテクトの役割というスライドを拝見して、大いに感じるところがあったので、少し書く。といっても、技術的な話というよりは、もうちょっと違うレイヤの話(技術選択についても思うところはあるのだけど、それはそれについて述べたスライド*1を参照していただきたい)。

経験曲線効果

経験曲線効果という言葉がある。元は、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)のコンサルタントによって提唱されたものだ*2。このような図*3を見たことがあるだろう。

f:id:antipop:20150220002603g:plain

Wikipedia*4には以下のように説明されている。

経験曲線効果(けいけんきょくせんこうか、experience curve effect)とは、経験と効率との間の関係を示す経験則である。単に経験効果とも呼ばれる。一般に個人や組織が特定の課題について経験を蓄積するにつれて、より効率的にその課題をこなせるようになることを指す。また累積生産量の増加に伴って、製品数量ごとの間接費を含めた総コストが予測可能な一定の割合で低下していくことを指す。

経験曲線効果の起こる条件

ここで重要なのは、上記の引用に反して、単に経験を積みさえすれば、すなわち、生産量の累積さえ増えれば必ずそのような望ましい効果が現れるわけではない、ということだ。なんとなく経験を積み上げるだけでは、それなりに習熟して効率化されることは起こりえても、経験曲線効果が示すほどの改善は見られないだろうことは、実感からも確かだろうと思う。

では、経験曲線効果による望ましさを得るには、なにが必要なのだろうか。経営学者の高橋伸夫は、その著書群のあちこちでその条件を述べている*5

生産量が増えることを期待して生産技術を変えること、すなわち機械器具を設備して量産態勢をとること、あるいは大量生産に合った製品デザインを採用することが、コスト低減の大前提だとライトは指摘していたのである。プロトタイプにはプロトタイプの制作の仕方があり、10台作るのなら10台作る作り方がある。100台には100台なりの、そして1万台生産するのであれば1万台を効率的に生産する量産方法と製品デザインがある。ものづくりの現場には、前提となるスケール観があってしかるべきなのだ。

いかに現場の奮闘努力があったとしても、結果的に累積1万台を作りました……では、学習曲線は実現しないのである。最初から、いつまでに月産1000台を作る量産態勢を整えるという見通しがあればこそ、それなりのやり方を現場は考えるのあり、その結果として、累積1万台のときまでにはコスト・ダウンが実現されている――という性格のものなのである。

少し脱線するが、ピーター・ティールが『ゼロ・トゥ・ワン』*6でリーン・スタートアップを批判していたのは、上記引用の文脈で読みかえればそれはそれでステージの違いに過ぎないともいえるし、スケール観の大切さを別のやり方で表現しているともいえる。

アーキテクトの条件

そうした経験曲線効果が起こる条件を用意する「スケール観」を持つ者を、高橋は「スケール観を持った予言者」と記している。冒頭に紹介したスライドでZIGOROuさんの述べるアーキテクトとは、まさにそのような存在であるべきだろう。そうした「スケール観」があったからこそ、DeNAの圧倒的な成長が可能になったのだろうと思う。

そういう意味において参考になる文献としては、100倍で考える | Preferred Research*7がある。これなどはまさに、経験曲線効果を起こすためのスケール観を醸成する最たるものである。それで私は、最近、口癖のように10倍とか100倍とかいっているわけだ。経験曲線効果は、まさにインターネットサービスにおいても、その正しさを誇っているように見える。

組織能力を圧倒的に成長させるためにも、大きな「スケール観」が必要だ。もちろん、単なる構想倒れでは意味がないことは明白であるにしても、まず最初にスケール観に基づく大きな構想が必要なのは、これまでの論から確かであるといえると思う。私はそうした存在になりたいと思う。

殻―脱じり貧の経営

殻―脱じり貧の経営

ゼロ・トゥ・ワン―君はゼロから何を生み出せるか

*1:林健太郎 "On Technological Selection"、https://speakerdeck.com/kentaro/on-technological-selection

*2:言葉としてはその通りだが、現象としてそれが報告されたのはカーティス・ライト社の主任技師兼部長のライトによる論文とされる。高橋伸夫『殻―脱じり貧の経営』(ミネルヴァ書房、2013年、p.177)参照のこと。

*3:Wikipedia "Experience curve effects" http://en.wikipedia.org/wiki/File:Experience_curve.gif

*4:Wikipedia経験曲線効果http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%8C%E9%A8%93%E6%9B%B2%E7%B7%9A%E5%8A%B9%E6%9E%9C

*5:高橋伸夫『殻―脱じり貧の経営』ミネルヴァ書房、2013年、pp.178-179

*6:ピーター・ティール + ブレイク・マスターズ著、関美和訳『ゼロ・トゥ・ワン―君はゼロから何を生み出せるか』NHK出版、2014年

*7:岡野原大輔「100倍で考える」、"Preferred Research"、http://research.preferred.jp/2014/10/100x/