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Kentaro Kuribayashi's blog

Software Engineering, Management, Books, and Daily Journal.

2015年10月10日

日記

起床して近所の鶏舎で昼食。五目焼きそばとエビチャーハン。

人工知能 Vol.30 No.4 (2015年07月号)」の続きを読んでいたのだけど、なんだか先週の疲れが残っているのか、すごく眠くて寝てしまう。16時頃に起きたが、まだ眠い。が、あんま眠ってばかりもいられないので、代官山へ散歩。

夏の盛りにいった時はなぜかパンケーキをやっていなかった(パンケーキ屋なのに)松之助へ。最近の二郎化してきたパンケーキとは一線を画す端正ぶり。美味しい。

代官山蔦屋へ。松浦弥太郎さんの特集をやっていた。ほしいものはいくつかあるのだけど、最近また本がたまりまくっているので、なにも買わず。

南平台をぶらぶら散歩した後、デニーズで夕食。ハンバーグを食べる。

帰宅して、『仕事と家族 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか (中公新書)』を読み始める。面白くないわけではないのだけど、なんかあんまり乗れない。そうだなあとは思うけど、個人としては特になんともしようがないしなあ。

「こういう状況ではこういう振る舞いであるべきだ」という思いがあり、他人がそうでないことを批判的に言及することがあったとして、自分が不得意でないことを他人がやることについてはそう思えても、別のことではまさにそのように振舞っているということがあり得る。そのことに気づくのは難しいだろうと思う。自分のことを考えてみると、そういうのがたくさんありそうだ。

ただまあ、たいていのひとは、ひとのやることにともすればネガティブに捉えられるような指摘をしたりはしないので、そういう指摘をしてくれるひと、すなわちメンターみたいなひとがいるか、リフレクティブな能力を高めるかするしかない。僕に対して「君は考えが足りないな」などというひとはいまのところいないので、自分でがんばるしかない。

目線を高くする必要があると思う。それは、単に主観的に高いとか、高くするようがんばるということではなくて、なにかしらの基準に基づいた高さが必要だろう。そして、その基準を知るということ自体がそれなりに難しいことなんだろなと思う。そもそも知識がないと何が高いのかもわからず、たいして高くもないものを高いと思ってしまうだろうし。

一方で、優秀なひと、あるいはそうでなくても自分にないものをもっているひとといると、自分もそうなった気がするということもまたあり得るだろうと思う。たとえば、目線の高いひとといると、自分がそうであるかのように思えるというような。もちろんそんなことはなくて、周囲が優秀だからって自分の能力は何も変わるわけではないので、そういうことのないようにしなければ、と思う。