Kentaro Kuribayashi's blog

Software Engineering, Management, Books, and Daily Journal.

2020年1月19日

ルイス・ウルフソンに関する資料や評論を集めたDossier Wolfsonが届く。現状のフランス語力だと全然読み進められなさそうなのだが、少しづつでも調べながら読んでいこう。ウルフソンは、書いている作品が、母語を複数の外国語へ置き換えていくというものだそうで、自分の関心からいって、非常に適合的な作品を書いているひと。また、2作を残したあとは博打で大儲けしたり、リーマンショックで大損こいたりなど、よくわからない生き方をしているのも面白い。

North Villageへ。原武史『〈出雲〉という思想 近代日本の抹殺された神々 (講談社学術文庫)』を読む。「古代出雲人は縄文人寄り DNA解析で判明:朝日新聞デジタル」という記事についてSlackで言及したら、出雲出身のやたら博識なM氏がいろいろ教えてくれた。その中の一冊。明治維新においてアマテラス系の国家神道が確立されていった裏面としての「敗者の精神史」としての、幽冥を司る大国主命をめぐる国学の流れを語るもの。古代の出雲の大和ととの対抗的な立ち位置が、縄文由来のことだとしたら面白いと思って、関心を持っている。

書店で『吉田健一ふたたび』を買う。先日『旅の時間 (講談社文芸文庫)』を読んでおおいに感銘を覚え、吉田健一をやっぱり読まねばならないということになり、この本も買ってみた。さっそく読み始める。その他、Kindleで『古事記 池澤夏樹=個人編集 日本文学全集』、「時空旅人 2020年1月号 [雑誌]」、『大正天皇 (朝日文庫)』を買う。「古事記」をあらためて読もうというというのと、いま国立博物館でやっている展覧会の予習、および、原武史さんの続き。

また、「100分de名著シリーズのバックナンバー約100冊を読破したら人生変わった」という記事を読んでそういう読み方もあるかーと思っていたのだが、周囲で何人か読んでいるひとがいたので、物は試しと思い最新刊の『NHK 100分 de 名著 呉兢『貞観政要』 2020年 1月 [雑誌] (NHKテキスト)』から買って読み始めてみた。ふつうに読んでも1時間ほどで読み終えられて、さくさく読めるのはよさそう。もうちょっと他のも読んでみよう。

2020年1月18日

ワタリウム美術館へ「フィリップ・パレーノ展、オブジェが語り始めると、」を観に行く。人間ならざるものの語り、あるいはなんらかの表出、それらとのコミュニケーションに興味を抱いている。本展は、アート的な面白みはあるものの「オブジェの語り」としてのしかけは単純で、そういう意味ではイマイチ。まあ、目的が違うのだろうから、だからといっていいとかわるいとかいうことではないのだが。

そこから、南青山のMazajに寄ったのち、void+で保井智貴さん、NANZUKAで鬼海弘雄さん、CASE TOKYOで百々俊二さんの作品を観る。

帰宅して、タグボートの社長さんによる『教養としてのアート 投資としてのアート』を読む。現代アートのビジネス的な事情については他にもっといい本があると思うが、アート作品を投資として買うに際しての「鉄則」については、効果的なアドバイスがされていると感じた。ただまあ、たいていのひとはアートで投資としてもうけることはほぼ無理だと思われるので、好きにやったらいいのではないかとも思う。

最近、ちょっと目先を変えた、自分の趣味に基づくビジネスのプランを考えてみるということをしていて、たとえばシーシャ屋とかアートギャラリーとかについて考えている。シーシャ屋はかなり原価制約の強いビジネスなので、あんまり旨味がなさそう。アートギャラリーは、不動産・投資・タレント事務所・企画・営業・社交などなど、総合的なビジネスであり、面白みはある。しかし、たとえば不動産を持ってるとか、他のビジネスでまわっている物理的な拠点があるとか、そういう条件がまずは必要そう。

2020年1月17日

朝、新幹線で鹿児島へ移動。九州新幹線は初めて。WiFiがつながらなくて困る。まあ、だいたい寝てしまっていたので、いらなかったのだが。風景を見ようとおもっていたので、残念。しかし、寝てる間に着いてしまって、近くて便利だなあ。鹿児島オフィスに着いて、東京とミーティングしたりしたあとは、鹿児島のメンバーと夕方までずっと、今年どうしていくかについてじっくり話す。

東京へ戻り、久々に帰ってきた感を味わうために、North Villageへ。『自閉症の僕が跳びはねる理由 (角川文庫)』、『自閉症の僕が跳びはねる理由2 (角川文庫)』を読む。当事者による、稀有かつ美しい記録。心底驚く。心の理論みたいなことがいわれるが、もちろんそういうこともあるのだろうけど、本質的なことではないのではないか?という思いを抱く。

2020年1月16日

福岡。新しい取り組みに関するリモートミーティングや、少しおしゃべりなど。夜は、さくらの夕べ 研究所ナイト - さくらのイベント(九州版)でパネルディスカッションに参加。いろいろ話したいことはあるけど、時間が足りないなあ。その後、懇親会。さらに西中洲へ行き、肉肉うどん。いつもながら、旨い。そこから例によってゴシップへ。K氏らが合流して、シーシャとワイン。

2020年1月15日

福岡出張。朝、研修があり、冒頭で意義についてすこし話す。その後、いろいろ細々した仕事など。昼は紀文で鉄火丼。毎回きてる。午後は、新しく入社された方との面談や、今期の目標面談など。夜は、研究所のみんなで大濠公園の「橙」へ。とても旨い水炊きだったなあ。その後、天神にもどってバーでいっぱいやった後、ホテルに戻る。

2020年1月14日

朝起きて、すぐに仕事。もろもろこなした後に出社して面接、ミーティング等。夜、羽田へ移動。福岡へ行く。着いて、カフェで本読んだり、一風堂でラーメンを食べたり。ホテルに戻り、『1兆ドルコーチ――シリコンバレーのレジェンド ビル・キャンベルの成功の教え』の続きを読み終えた後、さらにその勢いで『新版 コーチングの基本 この1冊ですべてわかる』を読む。あらためて、このあたりについて学んでみてもいいかも、と思っているところ。

2020年1月13日

昨日は、日記を書いたあと、撮った写真を整理したり、プリントアウトしたりなど。あと、しまってあった絵を出してきて、飾ったりなどもした。

今日は久々にずっと外に出ずに一日中うちにいた。起床して、『〈自閉症学〉のすすめ:オーティズム・スタディーズの時代』の続きを読み、読了。生物学の章でいろいろこわいことが書かれており、身につまされる。続けて、『聖なるズー (集英社学芸単行本)』。こちらは、動物性愛の話。ズーたちの話は理解できるところもあるが、人間側の解釈に過ぎないだろうなあというものでもあり、それで幸せならよいのかも、と思う。しかし、人間の営みもまた、彼らの関係性とそんなに変わらないことかもしれないとも思う。

出張からKが帰ってきた。『1兆ドルコーチ――シリコンバレーのレジェンド ビル・キャンベルの成功の教え』を読んでいたのだが、お腹が空いてきたので、近くの中華料理屋さんへ。初めてのところだったのだが、とても美味しくてよかったなあ。帰宅して、よみさしてあった『旅の時間 (講談社文芸文庫)』の続きを読む。やはり、青木保さんの『エドワード・ホッパー ―静寂と距離―』でも紹介されていた「航海」のセリフに感銘を覚える。

「こうして段々日が暮れて行く訳ですが、」と老人が言った。「夕方っていうのは寂しいんじゃなくて豊かなものなんですね。それが来るまでの一日の光が夕方の光に籠っていて朝も昼もあった後の夕方なんだ。我々が年取るのが豊かな思いをすることなのと同じなんですよ、もう若い時のもやもやも中年のごたごたもなくてそこから得たものは併し皆ある。それでしまいにその光が消えても文句言うことはないじゃないですか。そのことだけでも、命にしがみ付いている必要がないだけでも爽やかなもんだ。」

吉田健一『旅の時間』(講談社文芸文庫)pp.257-258より

見事だなあ。その通りだろうと感じる。老年をこのように豊かに過ごせるよう、知恵と教養を身につけたいものである。

2020年1月12日

昨日読み終えた『創造と狂気の歴史 プラトンからドゥルーズまで (講談社選書メチエ)』で興味をいだいたルイス・ウルフソンについて、『動きすぎてはいけない ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学 (河出文庫)』およびドゥルーズの『批評と臨床 (河出文庫)』の彼について述べる章を読んだり。自閉症者として、母=母語の侵襲をなんとかやりこなそうとする営みとしての多言語によるいいかえは、自分自身の文学的な興味とも合致しており、非常な興味を感じる。そういう作品を書いた後に、ギャンブラーとして、また投資家として成功と失敗の激しい浮き沈みを経験している生き様にも興味を憶えて、Dossier Wolfson : Ou L'affaire du Schizo et les languesという伝記を注文した。

自由が丘のハディーカへ。『〈自閉症学〉のすすめ:オーティズム・スタディーズの時代』を読む。昨今の探求のモードとして自閉症に対する関心があるのだが、自分自身も数年前からそれがなんらかの新しい認識をもたらし得ることであると感じていて、興味をもっていたのだった。昨日読んだ松本卓也『創造と狂気の歴史 プラトンからドゥルーズまで (講談社選書メチエ)』や、先日読んだ「精神看護 2020年 1月号 座談会 ロビンソン・クルーソーは無人島で誰に最初に出会うのか 統合失調症から自閉症へ 特集 患者さんと医療者の意向が異なる時のコミュニケーション技法LEAP」から引き続いて、様々な学問分野から自閉症について考える本書を読むに至ったのだった。自閉症への関心というのは、新たな認識への興味というのもあるし、これからの世の中の流れのモードという関心もある。

渋谷へ。ヒカリエの小山登美夫ギャラリーで行われているHikarie Contemporary Art Eye vol.13「9人の眼」を観に行く。神楽岡久美さんというアーティストの作品に大いに興味をいだき、作品をひとつ購入した。身体に対する装飾と相対する拘束という観点から、未来の身体を幻視し、その身体を作り上げる装置を具体的に制作している作家。また、その制作過程をプロトタイプとして積極的に作品として提示することにも興味を覚える。作家さんとも少し話ができて、よかった。

渋谷スクランブルスクエアに入っているTHE SHOPで、理想的なノートを見つけて、これまで何度もチャレンジしてはうまくいっていない、紙のノートによって思考を制作するということを、あらためて試みてみようとおもっているところ。さっそく、直前に観た作品や、これまで自分が買ってきた、興味をもってきたアート作品について、North Villageでくつろぎながら、ステートメントになり得るような思考をまとめる。今後は、アートについても具体的な活動をしていきたいとおもっているところ。

2020年1月11日

JAISTの試験のために、品川の東京サテライトへ。しばらく待った後、試験会場へ。まずは事前に提出した小論文に基づいて用意したスライドで発表。その後、口頭試問。プログラムを量化する手法について問われて、うまく答えられず。OSSとセキュリティというテーマについて研究計画の概要を提出したのだが、どうもストレートに受け取られなかったようで、研究というよりはビジネスへの応用という関心にのみフォーカスしてるのでは?という話になる。そういうことではないのだが、と思いつつ説明をしたのだが、わかってもらえたか不明。

勉強をする気があるのか、これまでしてきたのかという文脈で、学部時代(20年前!)の研究テーマについて話すようにいわれ、岸信介について話す。正直言って、これからやろうとしていることを話そうとしているのに、そのテーマを深堀りするわけでもなく過去のことばかりきくことについて不快感を持ったが、できる限り話をしてみた。結果がどうなるかはわからないが、とりあえず待つほかなかろう。なんか、アカデミズムとの相性がよくわからんが合わないのだろうか?と感じる。6年前にMBAを受験して不合格だったのだが、その時の感じが蘇るなあ。

ともあれ、自分が問われることに対して防衛的な態度を思わずとりがちであることにあらためて思い至る。自分の成り立ちというか、自我みたいなものへの問いかけに対して、壁を作ることによって自己を防衛しようという機制があるのだろうと思う。そういうのは普段はださないように心がけているつもりなのだが、心がけているというその事自体が、防衛機制の存在を明かしだてることであろうと、あらためて感じる。競争的な環境においてはいい面もあるだろうが、一般論としてそういうのは疲れるだけだし、関係性を損ないかねないだろうので、コントロールしたい。

帰宅して、本の続きを読んだあと、しばらく眠る。夕方、起きて恵比寿へ。moffoomへ。本の続きを読む。その後、代官山蔦屋書店に行き、本物色。濱田裕史さんの写真集『Primal Mountain』とFoamの最新号を買う。あと、そこで観た本のKindle版『オールドレンズ実写図鑑[雑誌] エイムック』、『カメラとレンズのしくみがわかる光学入門』を買う。ジョージアのワインを買って帰り、帰宅して本を読みながら飲む。

2020年1月10日

月いちルーティンのミーティングのあと、出社して面談等。その後、鹿児島オフィスの新メンバーらと、昨日に引き続き飲み。まずは六本木に行き、松屋でご飯。松屋は、14日からジョージア料理を取り入れるということで、そのもの珍しさから、注目すべき状況にある。その後、North Villageでおしゃべり。さらに麻布十番まで歩き、Zenobia Cafeでシリア料理。シーシャもあるのだが、ここでは吸わず。アラビアコーヒーが美味しい。さらにカルロス・ゴーンも住んでいた元麻布ヒルズを眺めて、今回の歩行のテーマはカルロス・ゴーン。