Kentaro Kuribayashi's blog

Software Engineering, Management, Books, and Daily Journal.

2020年1月26日

「僕ら」の「女の子写真」から わたしたちのガーリーフォトへ』をひたすら読む。夜、少しでかける。帰宅して、軽くご飯を作った後、『作って動かすALife ―実装を通した人工生命モデル理論入門』を読みつつ、環境構築など。ALifeについても、自分の研究範囲として注目していこう。

受験の時に、研究計画の概要みたいなのを考えて提出したのだが、それはそれとしてもちろん意義がある内容だとは思うのだけど、あらためてもっと、根源的にヤバい、面白いと思うようなことをやるほうがいいんじゃないかという気もしてきていて、やることを考え直そうと思っているところ。

2020年1月25日

JAISTの合格通知が届いていた。4月から大学院生だ。単位取れるかなあ……。

世田谷美術館へ行く用事があり、その前に下北沢に寄ってshisha1へ。元祖専門店なので、聖地巡礼みたいな感じ。さくっと楽しんだ後、移転したB&Bに寄って『英語と英国と英国人 (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ)』、『「僕ら」の「女の子写真」から わたしたちのガーリーフォトへ』を購入。後者は、90年代に「女の子写真家」という流行の当事者としてくくられた著者が、当時の言説の権力関係をジェンダーの関係から問い直す本。極めて刺激的。

世田谷美術館では、「奈良原一高のスペイン――約束の旅」を観る。パリに対する冷たい視線とは打って変わって、スペインについては大いに楽しんだのであろう熱い視線がありありと感じられ、興味深い。会期中に亡くなってしまった奈良原一高については、別の場所でも初期作品の展覧会が行われており、そちらも行きたい。

恵比寿へ移動し、Kの同僚らと飲み。

2020年1月23日

今日もひとと会う予定を2件ほど入れておしゃべりなど。世の中にはおもしろいことをやっているひとがいるものだなあ。自分ももっとやっていこうと思ったりする。また、部長職以上の360度評価の結果が帰ってきたのだが、相対的に高評価をいただいているのはありがたいものの、自分のやるべきこと、やりたいことからすると全然なので、もっと結果を残していかないとだめだなあなどと、反省しきりである。評価されているうちが花なので、そう思っていただけている間に、ちゃんとしていきたいとあらためて思う。

自分はどっちかというとバランスをとろうとするタイプだと思っていて、いろんなひとの意見をきいて論点をまとめ、いいところをうまいこと取り入れて物事を動かしていこうという指向が強くあると思っている。それがいいこともあるんだろうけど、そのために自分のやりたいことややるべきことにフォーカスできていない結果にもなっていると思っていて、もっと空気を読み捨てて生きていく必要もあろうと思っている。自分勝手にやりたいからということではなく、そのほうが結果としてもっといい成果につながるだろうという意味で。と書いておいて、「自分勝手にやりたいからということではなく、そのほうが結果としてもっといい成果につながるだろうという意味で」というメタな思考が一瞬で出てくること自体が、バランスをとろうとする考え方なんだよな〜とおもったりする。

それで最近は、あえて自分が根源的には何をしたいのか?ということを考えているところ。根源的な欲望に向き合うということ。といってすぐに、そういう「根源」を求めること自体の思想的・スタイル的なダサさみたいなことも思ったりもするのだが、それもまたメタ思考だ。10代の頃はあんまりそういう感じじゃなくて、ストレートに生意気な感じだったと思うのだけど、20歳ぐらいから急にそんな感じになって今に至る、という気がしている。それはともかく、いったんそういうのをおいておいて、根源的な欲望に向き合おう、そもそもそれは何なのかを内省によって発見しなければならない、という感じ。

先日、坪内祐三さんが亡くなって衝撃を受けたのだったが、「圧倒的な知識、酒席での武勇伝、そして全力疾走――追悼・坪内祐三と過ごした日々」という記事を読むと、ただならぬ感じの飲みっぷりが語られており、思いを致した。坪内さんと対談本を何冊も出している、僕があるいは一番影響を受けた書き手かもしれない福田和也さんが、最近の本では、かつてのパリの定宿にお金がなくて泊まれないから別のところに泊まっているみたいなことを書いていて驚いたのだが、自分が若い頃に影響をおおいに受けたそのぐらいの年代の人々が、還暦前後になってそういう感じになっていくのは、自分自身、先を思っていまから身につまされるという気持ちがする。

キャリアにおける選択について考えを述べよというお題で文章を書く依頼をいただき、引き受けることにしたのだが、自分のキャリアなどというものがあったとして、しかしそこには「選択」などという行為はまったくなくて、その都度になしくずしだったり、単に楽しそうなところに飛び込んだだけだったり、ともあれ複数の候補を比較検討して選ぶなどということはまったくなかったのだが、そういうことを書くと「生存バイアス」などといわれるのだろうなあと思うのだけれども、そもそも自分がこの先もキャリアにおいて「生存」できるなどと思えたことがまったくないのである。

Kindleで『未来をつくる言葉―わかりあえなさをつなぐために―』、『世界哲学史1 ──古代I 知恵から愛知へ (ちくま新書)』を購入。前者はドミニク・チェンさんの新刊で、いつもながらに期待が高まる感じの本。後者は筑摩書房が創立80周年を記念して刊行を始めたシリーズで、責任編集の顔ぶれがすごい。読むのが楽しみだ。寝しなにドミニク本を読み始め、いったん入眠したが途中で目が覚めて眠れなくなったので、また読み始め、結局読了した。本当に素晴らしい本。こういう本を書きたい人生であった。

2020年1月22日

今週はひとに会う用事が多い。もっといろんなひととお話していくようにしないとなあ。出不精でコミュ障とかいっててもしかたないので、改善していかねば。

夜は、先日食べたシュクメルリを再現してみようと思い立って、ネットのレシピを参考に自作してみた。とはいえ、にんにくを入れたシチューなので、作ること自体は簡単。わりと美味しくできた感じだけど、松屋のを再現という意味だと、もっとチーズがずっと多かったし、にんにくもたっぷりはいってた感じだったなあ。そこまでやるとちょっとtoo muchなのだが。

その後、夕食のジョージアワインの残りを飲みつつ『吉田健一ふたたび』の続きを読み、読了。また、ここしばらくは就寝時に『古事記 池澤夏樹=個人編集 日本文学全集』を読んでいる。面白い。

2020年1月20日

グループ全体の永年勤続表彰式。10年、20年。うちの会社はまだ20年はいないけど(設立してから20年経ってないので)、もうすぐだなあ。しかし、いまから20年前といえばITバブルまっただなかで、しかしこんなにもIT業界みたいなのが栄えてくるとは思えなかった、というか、自分などはのんびりしていたのでそもそも知りもしなかったような業界だったなあ。これから20年はどうなっていくのだろうか。

Kが渋谷で仕事だったので待ち合わせて、神泉の「ワイン食堂がっと」へ。一度いってみたいと思っていたのであった。夕食を取った後、Kを帰して他へ合流。渋谷から出発して、神宮外苑から迎賓館をまわり赤坂まで歩く。その後、松屋でシュクメルリ鍋。

2020年1月19日

ルイス・ウルフソンに関する資料や評論を集めたDossier Wolfsonが届く。現状のフランス語力だと全然読み進められなさそうなのだが、少しづつでも調べながら読んでいこう。ウルフソンは、書いている作品が、母語を複数の外国語へ置き換えていくというものだそうで、自分の関心からいって、非常に適合的な作品を書いているひと。また、2作を残したあとは博打で大儲けしたり、リーマンショックで大損こいたりなど、よくわからない生き方をしているのも面白い。

North Villageへ。原武史『〈出雲〉という思想 近代日本の抹殺された神々 (講談社学術文庫)』を読む。「古代出雲人は縄文人寄り DNA解析で判明:朝日新聞デジタル」という記事についてSlackで言及したら、出雲出身のやたら博識なM氏がいろいろ教えてくれた。その中の一冊。明治維新においてアマテラス系の国家神道が確立されていった裏面としての「敗者の精神史」としての、幽冥を司る大国主命をめぐる国学の流れを語るもの。古代の出雲の大和ととの対抗的な立ち位置が、縄文由来のことだとしたら面白いと思って、関心を持っている。

書店で『吉田健一ふたたび』を買う。先日『旅の時間 (講談社文芸文庫)』を読んでおおいに感銘を覚え、吉田健一をやっぱり読まねばならないということになり、この本も買ってみた。さっそく読み始める。その他、Kindleで『古事記 池澤夏樹=個人編集 日本文学全集』、「時空旅人 2020年1月号 [雑誌]」、『大正天皇 (朝日文庫)』を買う。「古事記」をあらためて読もうというというのと、いま国立博物館でやっている展覧会の予習、および、原武史さんの続き。

また、「100分de名著シリーズのバックナンバー約100冊を読破したら人生変わった」という記事を読んでそういう読み方もあるかーと思っていたのだが、周囲で何人か読んでいるひとがいたので、物は試しと思い最新刊の『NHK 100分 de 名著 呉兢『貞観政要』 2020年 1月 [雑誌] (NHKテキスト)』から買って読み始めてみた。ふつうに読んでも1時間ほどで読み終えられて、さくさく読めるのはよさそう。もうちょっと他のも読んでみよう。

2020年1月18日

ワタリウム美術館へ「フィリップ・パレーノ展、オブジェが語り始めると、」を観に行く。人間ならざるものの語り、あるいはなんらかの表出、それらとのコミュニケーションに興味を抱いている。本展は、アート的な面白みはあるものの「オブジェの語り」としてのしかけは単純で、そういう意味ではイマイチ。まあ、目的が違うのだろうから、だからといっていいとかわるいとかいうことではないのだが。

そこから、南青山のMazajに寄ったのち、void+で保井智貴さん、NANZUKAで鬼海弘雄さん、CASE TOKYOで百々俊二さんの作品を観る。

帰宅して、タグボートの社長さんによる『教養としてのアート 投資としてのアート』を読む。現代アートのビジネス的な事情については他にもっといい本があると思うが、アート作品を投資として買うに際しての「鉄則」については、効果的なアドバイスがされていると感じた。ただまあ、たいていのひとはアートで投資としてもうけることはほぼ無理だと思われるので、好きにやったらいいのではないかとも思う。

最近、ちょっと目先を変えた、自分の趣味に基づくビジネスのプランを考えてみるということをしていて、たとえばシーシャ屋とかアートギャラリーとかについて考えている。シーシャ屋はかなり原価制約の強いビジネスなので、あんまり旨味がなさそう。アートギャラリーは、不動産・投資・タレント事務所・企画・営業・社交などなど、総合的なビジネスであり、面白みはある。しかし、たとえば不動産を持ってるとか、他のビジネスでまわっている物理的な拠点があるとか、そういう条件がまずは必要そう。

2020年1月17日

朝、新幹線で鹿児島へ移動。九州新幹線は初めて。WiFiがつながらなくて困る。まあ、だいたい寝てしまっていたので、いらなかったのだが。風景を見ようとおもっていたので、残念。しかし、寝てる間に着いてしまって、近くて便利だなあ。鹿児島オフィスに着いて、東京とミーティングしたりしたあとは、鹿児島のメンバーと夕方までずっと、今年どうしていくかについてじっくり話す。

東京へ戻り、久々に帰ってきた感を味わうために、North Villageへ。『自閉症の僕が跳びはねる理由 (角川文庫)』、『自閉症の僕が跳びはねる理由2 (角川文庫)』を読む。当事者による、稀有かつ美しい記録。心底驚く。心の理論みたいなことがいわれるが、もちろんそういうこともあるのだろうけど、本質的なことではないのではないか?という思いを抱く。