Kentaro Kuribayashi's blog

Software Engineering, Management, Books, and Daily Journal.

2020年8月7日

来週は夏休みなので、しばらく休業。とはいえ、ふだんは全然できていない研究(の下準備)をじっくりやるつもりなので、半分仕事・半分余暇みたいな感じ。旅行に行くこともできないので、かえって集中できそうだ。本もたまってるし、やることには事欠かない。

ソニーの新しいヘッドフォンWH-1000XM4が発表された。アップデートのティザーを観ててっきりイヤフォンの方かと思っていのだが、ヘッドフォンの方だった。いろいろいい感じの機能が盛り込まれてとてもよさそうで、すぐさま予約注文してしまった。

仕事を終えて、ジムへ。ひとはほとんどいなくて安全。それでもマスクをして、使った器具は、都度アルコール消毒。今日はけっこうがっつりやったので、明日以降に響くだろう。急激に減量すると筋肉からなくなっていくので、筋トレをする方がいいと以前誰かがいっていたのを目にした。筋肉を酷使すると、本来は筋肉から分解しようとするところを、脂肪を優先的に燃やすようになるのだとか。ほんとかどうかはわからないが、いずれにせよ筋肉量を維持・向上させたいので、負荷を強くかけていく。

前川修『イメージのヴァナキュラー: 写真論講義 実例編』を買う。前作の『イメージを逆撫でする: 写真論講義 理論編』に続く「実例編」。前の本にはとても啓蒙されたので、今度のも楽しみだ。そして読みはじめてすぐに、東日本震災の時の離散した写真を洗浄・整理するボランティアの話とともに、ヴァナキュラーな写真の「利用」についての価値が語られるのだが、それはそれとしてもちろん興味深い話ではあるし、ジェフリー・バッチェン的な話も面白くはあるけど、いまの写真「利用」に対してどれほどのアクチュアリティを持てるのだろうかとは思ったりした。まあ、読み進めていこう。

Kが一週間こもりきりなので外に食べにでたいというので、「レグリス」へ。糖質制限しているので、サラダや肉だけ食べる。仔羊のコートレット(ジンギスカンというかカレー風味)に合わせてオーダーした「ドメーヌ・デュ・クレ コルナス・ブリーズ・カイユ ルージュ2012」が素晴らしく、本当に久しぶりに旨いものをいただいたという気持ちになり、感激した。こういう楽しみがあるのだなということを思い出し、また、自分がそれをちゃんと楽しめることに、感慨深い気持ちになった。

今日も昼食は野菜スープ、目玉焼き、少しだけパンという感じで、夕方にはだいぶお腹がすいてきて、ナッツを少しとコーンポタージュスープを一杯。しかし、前述の通り外食したので、明日は体重が増えてるだろうなあ。まあ、外に食べに行くこともほとんどないし、たまにはいいか。

Kindleで『世界哲学史6 ──近代I 啓蒙と人間感情論 (ちくま新書)』、『世界哲学史7 ──近代II 自由と歴史的発展 (ちくま新書)』、『世界哲学史8 現代 ──現代 グローバル時代の知 (ちくま新書)』』、『マックス・ウェーバー 近代と格闘した思想家 (中公新書)』を購入。『世界哲学史』シリーズは、ついにまだ1巻の途中までしか読んでないうちに完結してしまったのだが、じっくり読んでいこう。

2020年8月6日

本日、92.7kg(昨日は93.7kg)。

昨日から減量を始めようと決心したので、今日から体重を記録していくことにした(今日は昨日の分も書いておいた)。コロナ太りでせっかく減った体重が元に戻ってしまったのだし、健康診断でよくない判定になる指標も、結局は痩せれば全部回復するみたいなものばかりであほらしくなってきたので、減量する。そしてオールAにする。

以前買ったココナッツオイルが大量に余っているので買ってきたインスタントコーヒーに入れて2杯飲んだり、米飯を食べないようにしたりなど。お腹が空くには空くのだけど、まだなんとかなる感じ。幸い、もうお酒をほとんど飲まないし飲みたくもならないので、その意味では以前よりは楽かもしれない。ジムに行ったり、非常階段を上り下りしたりもする。一昨日軽く背中を中心にやったのがそこそこ筋肉痛。筋トレしたり、心肺機能を向上させたりもしていく。

能動的な行為を続けるというのはなかなか難しいのだが、行為をしないということなら相対的に続けやすい。たとえばお酒を飲まないみたいなのは、わりと簡単にできたりする。そういう意味では、減量は余計に食べすぎないという行為をしない類型の行動が重要な部分を占める活動なので、ちゃんとやろうと思ってやればできるのかもしれない。といいつつ、20年ぐらい体重が増え続けているのだが(大学生の頃は70kgなかったぐらいだった気がするし、高校生の頃はサッカーやってたたから60kg前半台だった)。

昨晩は、頭が痛くて夕方から2時間ほど寝ていたせいと、その後回復してきたので2時過ぎまで文章を書いていたりしたのもあって、睡眠の質がよくなかった。ちょっとしんどかったがちゃんと起きて、朝から論文読み。今回の論文はまったくわからないことははないという感じで読めるので、ありがたい。論述もわかりやすいし、みんなこれぐらいリーダブルに書いてほしいという気持ちになる。その後、定例のミーティングをしたり、チームのOKRを決める議論をしたりなど。

CTO協会でご一緒させていただいている小賀さんより『事業をエンジニアリングする技術者たち』をいただいた。

一昨日の晩ぐらいから少しずつ『スマートマシンはこうして思考する』を読み始めている。機械学習というものが具体的にどういう仕組でなりたっているのか、どういう試行錯誤で実際の問題に応用されているのかというのを、自動運転やNetflixのコンペなどを跡づけることで説明していて面白い。

カメラを適当に使っていて全然スキルが身についてないので、シチュエーションをひとつずつ練習してみるのがいいのではないかと思って、買ってからまだ一度も撮影目的で使えてなかったPeak Designの三脚を持ち出して、非常階段から夜景を撮ってみたり。全然うまく撮れない。難しいなあ。

2020年8月5日

また新しい枕を買ったのだが、首凝りがする。まだ使い始めなので、もう少し様子をみないと。しかし、夕方ごろになってだいぶしんどくなり、ロキソニンを飲んで少し寝たりなど。

夜は、社内に作ってるCTOポータルというサイト向けに文章を一本書く。あれこれ典拠を調べたり参照を用意したりしながら書いていたら、ちょっとした内容なのに3時間ぐらいかかってしまった。

2020年8月4日

先日の健康診断の結果が郵便で届いたのだが、例によって体重が原因での悪評価がぽつぽつある。昨年入院したことで体重が8kgぐらい減ったのだが、コロナ禍の状況ですっかりもとに戻り、人生最大のボディになりさがってしまった。意を決して、今日から運動もするし減量もする!と勢い込んで、ジムへ行った。コロナ回避のために2月の終わりぐらいから行ってなかったので、すごくひさしぶり。いきなり無理するとヤバいので軽めに。その代わりジムの往復の徒歩を急ぎ目にしたり、帰りはマンションの非常階段を登ったりした(肺が爆発しそうになった)。

いろいろやっていきが出てきたので、各所連携して絵を描いていく。こういうのをしてるときが一番楽しいなあと思う。実行していかないと意味ないよねとは思いつつ、楽しいものは楽しい。前提条件などをあれこれ整理して、こういう感じでやればできていくんじゃないか?みたいなところまでまず概要をまとめたりする。ただ、知識面で不確実なこともあれこれあったりするので、そのへんはもっと自分がよく知るようにしないとなあ。そんなこんなで、夜中に思い立ってあれこれ書いたり。

なんかいろいろ思うようにいかなくてややイライラしたり投げやりな気持ちになったりしていたのだが、しかしいずれにせよ自分がなんとかしていく他はないのだし、どうせやるなら楽しんでやらないとつまらないしパフォーマンスもでないよなあと思い直して、できることを少しづつやっていこうみたいな当たり前の考えに落ち着いた。そんなことを考えたり、合間に村上春樹さんの新刊『一人称単数 (文春e-book)』を読みはじめて、シュッと読了したり。70歳を超えてこういう本を変わらずに淡々と出せるというのは、なんというかすごいよなあと思う。

2020年8月3日

朝からミーティングなどなど。

猪瀬直樹さんの『公〈おおやけ〉 日本国・意思決定のマネジメントを問う (NewsPicksパブリッシング)』を読む。先日、あるきっかけで西武グループのことを思い出して、Kに話したりなどしていたこともあってか、書店でこの本が目について読んでみようと思って買ったのだった。私の時間に通底する公の時間に文芸作品の評価をおくことについて、それだけではなかろうと思うこともないではないが、公に対する心の持ち方、言動がなくてはもういい年の者としてどうかという気持ちもあり、最近そういうことも考えるようになった。そういう意味でも、あらためて気持ちを持たせてくれた本ではあった。

夕食はアジの開き。ちょっと焼きすぎて皮目を焦がしてしまった。

昨日の日記でも少し書いたが、Twitterにもうちょっと書いたので、転載する。

写真を撮るに際して、誰しもある種の偏りがあるのだろうと思うのだけど、それは例えば、被写体の面白さを引き出すようなクローズアップであったり、全体を俯瞰するような引いた広角でのパンフォーカスであったり、その中間であったりするわけだ。それは基本的には視覚的な好みによるのだろう。僕は、コンポジションやオブジェクトのアレンジメントをいかに収めるかという観点で撮ることが多い。被写体がなんであるかというのは、価値判断を左右する度合いが少ない。それは、フォーカスするよりも視野を広くしてバランスを取る思考スタイルであることの視覚的な現れなのだと思う。

思考スタイルが視覚的な好みにも現れると広くいえるのかはわからないが、自分については両者が自覚なくぴったり一致していたということに気づいたのは驚きだった。裏返すと、フォーカスすることが相対的に苦手で、その面を今後のばしていかないとと思って、大学院で研究を始めているということもある。自分が写真を撮ること自体にどういう意義があるのかはわからないが、想定していた意義の外に、精神分析的ともいえるような発見があったことが面白く思えた。逆に人物を被写体にバチバチにセッションする感じで写真を撮り続けたら、思考スタイルが変わったりするのだろうか。それはそれで試してみたいとも思う。

その後、『情報生産者になる (ちくま新書)』を読了。

2020年8月2日

今日は、海を眺めに生きつつ竹芝に新しくできた「ウォーターズ竹芝」を観てみようってんで竹芝まで。レストランやイベント施設など、まだ開業していないところも多く、まだ微妙な感じでは合ったが、船着き場があって、松本零士さんがデザインしたヒミコが発着したりしていてよかったなあ。他に2艘ほど停泊していた。浜離宮恩賜庭園を望む大階段や広場は、良い感じかも。和風カフェみたいなとこで昼食をとったのち、しばしお茶したりなど。

帰宅して、このところ寝入りばなに読んでいた『情報生産者になる (ちくま新書)』の続きを読む。上野千鶴子さんによる、社会科学系の研究指南。ゼミや、生涯学習的な講座での内容をまとめたもので、研究への入門としてよい本のように思える。情報科学とはメソッドがだいぶ異なりはするのだが、共通するところも多い。面白く読んでいる。

撮ってきた写真をGoogleフォトにアップロードしたり、何枚か現像したりなど。

しかしつくづく思うのは、写真を撮っている時は画面全体の構成(コンポジション)みたいなのばかり気にしているし、よいと思う写真もそういうものが多い。一方で、真逆のタイプとしては、極端にはクローズアップで被写体をビビッドに捉えるものみたいなスタイルがあるが、そういうのもいいなあとも思うけど、自分ではあんまり撮れない。視点の独自さよりも、画面全体の作り方(視座・視野)のほうが気になるのであった。そういうのは、僕の考え方の癖とまるで同じだと思う。一般論としては別にいいも悪いもないが、視点の方も訓練する必要があろうとも思う。

夕食は、鶏もも肉を自家製三杯酢で味付けして炒めたものとしらす丼を作って食べる。何か観ようとNHKプラスをつけたら、久志芙沙子の特集が出てきたので観る。このひとのことは全然知らなかったのだが、先日読んだ『「世界文学」はつくられる: 1827-2020』の最後の方で出てきていて、気になっていたのだった。「世界文学」というものが「つくられる」ものであるとはいえ、ほとんど作品のない無名の作家を「世界文学」のアンソロジーにおいて日本の作家として取り上げられる数人のうちのひとりとして取り上げるのは「つくり過ぎ」ではないかと思ったりしたのだが、それはさておき、30分の短い番組ではあったもののその生涯は興味深いものであった。娘の証言によると、断筆後も原稿用紙に何か書いていたというので、他にも作品が残っているのかもしれない。

さらに、先月国立にできた聴覚障害者が従業員の8割を占めるというスタバの特集も観る。企業がこうやって、様々な立場の人々が働けるような環境を用意し、そのことで人々のつながりが生まれていくというのはとてもよいことだろうと思う。ところで、インターネットサービス業界は、他の業界に比べて相対的に聴覚障害者への敷居が低いように思ったりもしたのだが、そのあたりの実態がどうなっているのか知らないので、気になったりした。学ぶことも業務も、最近だと特にリモートワークになったこともあるし、もっとやりやすくなっているのではないだろうか。

論文管理ソフトのPaperpileのiOS版が出たので、Mendeleyから移行してみようかと思って、試しているところ。

2020年8月1日

朝、「[まとめ買い] ヘテロゲニア リンギスティコ ~異種族言語学入門~」を読む。言語学者が魔界の生物たちをフィールドワークしながら言語体系を探っていくという話。架空の言語に関するアイディアがたくさん披露されていて、それだけでも面白い。一方で、それらの生き物とは志向性を共有することが難しいという話が、ギャグみたいな感じで描かれるのだが、志向性を共有できずに言語的なコミュニケーションが実現可能なのだろうかとは思ったりもした。

東京都現代美術館で行われている、「オラファー・エリアソン ときに川は橋となる」を観に行く。エンターテイニングで、単純に楽しめる展覧会だったなあ。リサーチやスタディの産物も展示してあって楽しいのだが、作品をサステナブルな素材で作るためのリサーチというのは、アートというものが基本的には長く、できれば永遠に残るべきものであるとしたら、土に帰ることを前提に素材を検討するのは、ラディカルな考え方なのではないかという気もした。続けてコレクション展も観る。松江泰治さんの小名木川やMOTを撮った写真を収蔵しているのはさすがというべきなのか、注文で撮ったものなのか、作家が狙って撮ったのか。ともあれ、好きな松江泰治さんの作品。

ミュージアムショップで、カタログと『松江泰治ハンドブック』、および、オラファー・エリアソンのLittle Sun Diamondを買う。地下1Fのレストランで遅い昼食を取るが、かなり残念な感じで厳しい。

その後、喫茶店で『視覚の生命力――イメージの復権』を読んだりしたあと、Kの実家へ。夕食をごちそうになる。帰宅して、カメラを持ち歩いていて写真を撮っていたのでパソコンに取り込んだり、いくつか現像したりなど。望遠レンズがほしいなあと思っていて、SEL70300Gとタムロンの28-200mm F/2.8-5.6 Di III RXDとで迷う。とはいえあんま外に出ることもまだないだろうしなあという気持ちもあり、もうちょっと寝かせておくかも。その後、焼酎を飲みながら買ってきた本などを読む。

効率的に新しいことを学ぶ方法

社内SlackやTwitterなどで、自分が新しいことを学ぶ時に実践していることを書いたりしていたのだが、今日メンバーと1 on 1をしていて、あらためて新しいことの学び方について訊かれたので、ブログにも簡単にまとめておく。

まず前提として、学ぶ対象の「新しいこと」とは何かについて述べておく。ここでいう新しいこととは、研究やイノベーションに関することではない。そういうのは、ググっても出てこないレベルの新しさなので、このエントリで述べる対象ではない。ここでいっているのは、自分にとって新しい知識であり、かつ、既に一定の蓄積があるような内容のことである。

それをひとことでいうと、入門書があるような領域ということになる。たとえばプログラミング言語はメジャーなものはたいてい当てはまるし、DockerとかKubernetesのような技術要素も入門書があるし、もっと広く学問一般についても当てはまる定義である。

さて、さっそくどうやって学ぶかを順番に書いていく。

  1. 新しく学びたい領域について、入門書を5冊〜10冊ほど買う(技術書なら1万〜2万ぐらいか)
  2. ひとつひとつを精読するのではなく、ただ文字を追うぐらいの感じでわからないところは読み流しつつ、読み切る
  3. 1冊1時間と時間を決めて、必ず時間を守る
  4. 本を読んでいる時にコードを書いたりコマンドを実行したりなど、試したりすることはしない。ただ読むだけ
  5. それを、買った冊数分(5冊〜10冊)くりかえす。そうすれば5時間〜10時間、すなわち1日で学習できる
  6. 上記により、その領域の入門的な全体像は頭の中に入るので、あとは簡単なタスクについて手を動かしながら、公式ドキュメントなどを読みながら自分で進める

この方法のポイントがいくつかある。まずは上記しているように、とにかく何冊も読むということと。そして、読み流すということ。そのことで、まずは当該領域に関する入門レベルの全体像をつかむ。よくある失敗は、全体像をつかむことなく細部から入るから起こる。細部から入ると学習が遅いし、行き詰まって嫌になる。これが一番のポイント。

1冊1時間と決めて読むのもポイント。だらだら時間かけてないこと。スプリントを区切って、とにかくたくさん読む。良い入門書1冊を繰り返して読めばいいのでは?と思うかも知れないが、1冊を繰り返すと飽きる。だから、何冊も読む。本を読むのが苦手でも、1冊1時間と時間を決めて単に目を通すだけなら、実行できる可能性が高まるはず。

また、入門書をたくさん読むと、同じようなことでも違う切り口で書いてあるので飽きないし、ある本ではわからなくても、他の本ではわかりやすい説明があったりして、挫折しにくい。

いまどきだとWebサイトや動画でいろんなことが学べるのだが、あえてネットのリソースは使わない。なぜか。上記したように、入門的な全体像を記したひとつの塊としての情報を時間を区切って読むことと、同じようなものを何度も読むことが重要だから。Webサイトや動画だと部分的なものが多いし、時間の区切りをつけにくい。だから書籍を読むことが必要なのである。

入門書として何を選べばいいのか? 評判はあまり気にしないこと。ひとのお薦めに従うのはいいけど、1冊に決めないこと。なぜなら、入門者なんだから評判なんてわからないし、薦められた本が良いかどうかもわからない。だまって書店やサイトで検索して出てきた本を、端から買えばよい。ただ、学問的領域なら研究者が書いてる本がよいだろう

初学者にとっての敵は、学習に飽きること、わからないことにつまづくこと。なぜそうなるかというと、全体像がわかってないから。まずは、当該領域において入門レベルではこのあたりのことが語られているのだなあということを把握する。何冊も読んでいると、だんだんその領域についてきいたことがない話がでてこなくなる。10冊読めば、知らない話はまったく出てこなくなる。そうなったら独力で勉強できるようになったサイン。あとは、実際の課題に基づいて深く学んでいけばいい。

自分自身の経験でいうと、たとえば「実際に読んで選んだマネジャーのための100冊 - Kentaro Kuribayashi's blog」で書いたように、マネジメントを担うことになった時にこの方法を実践した(マネジメントといっても幅広いので、サブジャンルごとに何冊も読んだ)。最近では、機械学習や数学について同じことをしている。入門書を何冊も読んで入門レベルの全体像を得た後に、実際に手を動かして学習している。効率的に学べていると思う。

学習に対して投資したいなら、最初の時間に投資すべし。その時間を買うこと、なによりも飽きたりつまづいたりして学習が止まってしまうぐらいなら、1万〜2万など安いものだ。お金はそういうことに使いましょう。

2020年7月30日

1 on 1など。人々の成長を支援できるような取り組みをしていきたい。また、大学院に入ったことについて書いたこともあり、自分も進学を考えているという方から相談したいというお声がけがあり、リモートミーティングしたりなどもした。

ブログを読んで感心したこともあり「【累計100部突破!】BERT・XLNetに学ぶ、言語処理における事前学習(第2版 電子書籍 128ページ)|lib-arts|note」で販売されている電子書籍を買って目を通したりした。最近の深層学習に寄る自然言語処理についての簡潔なまとめ。頭を整理するにはちょうどいい(これだけ読んでもよくわからないとは思うけど)。

研究のためのデータセットを作るのにBigQueryなどを使う必要があるのだが、あまり使ったことがなくてよくわからないので、『Google Cloud Platform 実践 ビッグデータ分析基盤開発ストーリーで学ぶGoogle BigQuery』を読み始める。

1 on 1で訊かれたこともあり、効率の良い学習法について「効率的に新しいことを学ぶ方法」というエントリにまとめたりした。