Kentaro Kuribayashi's blog

Software Engineering, Management, Books, and Daily Journal.

2020年5月12日

昨日に引き続き、首・肩まわりの凝りがきつい。そんなに強くはないのだがしつこく広範囲が凝っている感じで、これはこれで気になってしんどい。しばらく前に、首コリ対策で西川のパーソナライズできるまくらを買ったのだが、最初はしばらくいい感じだったのが、最近はまたそうでもなくなってきたかんじがするなあ。うーむ。あと、起きた時に腰まわりがこってる感じもこの頃はするのも気になる。マットみたいなのも試してみるほうがいいかなあ。ここ4日ぐらい全速力って感じなので寝付きはすごくいいのだが、睡眠の質がいいかといえばそういうわけでもない。そのへん、もすこしお金かけるようにしようかな。

今日も夜は「サービスデザイン論」の講義。今日の話は、C.H.ラブコックの第1世代のサービスイノベーション論の話。サービス・ドミナント・ロジック以前の、サービス学説史的な感じの話ではあるものの、普通に使えるような知見がいろいろあって飽きない。JAISTには必修で副テーマ研究というのがあるので、サービス関連のテーマをやってもいいかもなあという気もする。Webexで受講しつつチャットで質問や議論をしているかたわらで、有志のSlackのほうでも議論とか感想を述べ合ったりしていて、それはそれでわいわいしていて面白い。むしろ、オフラインよりワイワイ感があるきもする。

先日、時間の進みが速いみたいなことを書いたが、ここ数日は朝から晩まで仕事してるか勉強しているかなので時間がびっしりうまっている上に刺激も多くて、あっという間に時間が過ぎていて、しかもその間の記憶がない、みたいな感じはあまりしない。やっぱ刺激のありなしってのは大きいのだろうなあ。環境による視覚的な刺激はリモートだと難しいのだが、知的な刺激でもいまぐらい大量に高濃度で浴び続けていれば、記憶が圧縮されないぐらいの時間間隔になるようだ。うーん、そうなると逆に、仕事での知的刺激が足りず、極端に言えばルーティン的な業務をこなしているだけみたいなことなんだろうなあ。それは大きな問題だ。取り組み方をやり直す。

2020年5月11日

起きると、微妙に首コリ。ロキソニンが切れていたので、バファリンを飲む。あんまり効かない。午前中の仕事を終えた後、昼休みに昨日のレポートの続きをさっと書いて提出。その後、昼食を作って食べ、また業務。途中、頭痛がややひどくなってきたので、追加のバファリンを飲んで1時間弱の仮眠。少し楽になる。さらに仕事。

夜は、サービスイノベーション論の講義。最近のサービス論やサービス・ドミナント・ロジックについてちゃんと学びたいと思っていたので、ちょうどいい。しかし、今週は月〜金までその講義があり、さらに土曜日も一日中あるので、けっこうハードな感じ。まあ、ダラダラやるよりも、集中してガッと身につけたい。普通に、仕事にもおおいに活きてくる知識になるだろう。

終わって、30分ほどでさっとレポートを書いた後、研究関連活動。サーベイに関する資料を眺めたり、Paperpileという文献管理サービスを試したり(結局、用途とあわなくてMendeleyを使い続けることに)。その後、IoTのセキュリティに関する最近のサーベイ論文をいくつか拾ってきて、読み始める。

2020年5月10日

今日は9:20から17:20まで、昼休み1時間はさんでずっと講義(「IoTイノベーションデザイン」)。午前は座学、午後はグループワーク。先生方も初めての状況でやっていて、かつ、けっこうパツパツに詰め込む授業なので、知的負荷と不確実性が高い。まあ、それはそれでがっつり短期間に学べるというメリットはある。こっちは効率重視なので、ストレスが高くても効率がいい方がありがたい。その中でも、ある程度飲み込みながら、コミュニケーション取りながらやればなんとかなる。逆に、コミュニケーション取らないといろいろキツそう。

午前の座学では、IoTビジネスにおける分類・分析フレームワークと、事例をフレームワークで分析していく話がまずあり、その次に、IoTビジネスのよくある課題の話と、それを乗り越えてきた事例の話。会社でやってることについても、よりよくできる視座を得られた気もする。午後は、ソフトウェア工学からの要求工学へという流れの中で、ユーザの属性や状況の多様性を前提とした要求分析について、デザイン思考をベースにしてグループワークしようという話。かなり端折った説明でよくわからないところもあったが、なんかいい感じにまとめておいた。

議論をしていると、いろんな意見が出てくる。そもそもその場ではじめてZoomで集まった人々なので共通認識が最初はないし、決め方も決まってないし、背景知識も違う。背景知識は多ければいいというわけでもなく、決まった時間の中で一定のアウトプットを出すためには、マイクロなアンラーニングをして、とりあえずゴールに向かって適当に端折って進捗させることも重要だったりする。自分は、わりとそういうところにフォーカスしてチームメンバーをファシリテートしたり、手を動かしたりしたつもり。

夕方に講義が終わり、しばらく今日の課題レポートをやった後、ティッシュ等の紙類が尽きてきたので買い物へ。行き帰りに、「あたらしい経済」のポッドキャストを聴く。外にでないとポッドキャストを聴くルーティンを作るのが難しくて、英語のポッドキャストも全然聞けてないのだよなあ。時間を作って聴くようにしたいけど、あるきながら聴くぐらいがちょうどいいのだよな。その後、さくさくと夕食を作って食べる。さらに、なんかオンライン飲み会をするということになったので、ビールを飲みつつおしゃべり。

2020年5月9日

朝、9時20分から講義(「IoT・AIイノベーション特論」)。この講義は、外部の講師を招いて、研究や実務の最新事例について話してもらうというもの。今日の講師は2人。ひとりは旧東芝メモリでいまのキオクシアの方。今月の人工知能学会誌の特集になっている、AIで手塚治虫の新作を作ろうというプロジェクトを取りまとめている方で、とてもタイムリー。その話も後半にあって面白かったのだが、大規模なメモリ工場での歩留まりを改善するためのデータ解析に関する話が非常に面白い。生産プロセスの改善がコスト削減に大きく効いてくる大企業と比べて、我々の業界は生産プロセス(というのがあるのかどうかわからないが)にはそれほど注意を払っていないと感じる。むしろ、付加価値創造プロセスやサービス運用プロセスの方に注意が向いていると思う。それはビジネスモデルの違いによるものなのだが、あらためて面白さを感じる。

2人目の方は物質・材料研究機構の方。マテリアルインフォマティクスの専門家で、ある種の物性を持つ物質を機械学習を用いて見つけ出していこうということをしており、そういう分野や製薬において機械学習が大いに活用されているというのはなんとなく目にしてはいたのだが、詳しい話を聴くのが初めてだったので、極めて面白い(とはいえ、物理・化学的な詳細はさっぱりわからないのだけど)。また、計算的によい分子構造が見つかったとしても、実際にどう合成すればそれができるのかがわからなくてボツになるという話もあり、やはりそういう場でもエンジニアリングが重要なのだなあと思う。材料科学のデータベースを共有化していくことで強みを作れるはずという話も語られており、どの分野も同じような話があるのだなあとも思う。

自分は研究がしたいんであって、授業を受けたいわけではあんまりないと思っていたのだが、受けてみるとそれはそれでめちゃ面白い。特に、違う業界のひとの話を聴くと、自分の視野の狭さを強烈に自覚できて、とてもよい。これは研究室でのやりとりでもそう思うのだけど。そんなわけで、授業もちゃんとやっていきたいと思う。というとなんかやる気ないみたいだけどそういうことではなくて、社会人学生的にはまずは学位を効率的に取得することを優先すべきだと思っているからというのと、目的は研究スキルの向上だからというのもある(基礎学力がないとだめというのはもちろんあるけど)。いろんなひとの話を聴いて、取り入れて、自分の考えをもっと大きくしていきたい。

昼食を作って食べた後、さっそく今日の課題レポート書き。2人の話それぞれについて課題があり、A4一枚程度でレポートを書く必要がある。毎回授業が終わるたびにレポート書くのしんど過ぎじゃない?と思ってSlackで聴いたら、今日の講義のような散発であるタイプのものはそんな感じだけど、連続してあるような講義の場合は最後にまとめてレポートがあったり、プレゼンしたりというアウトプットになるということだった。まあそれはそれでけっこう大変なんだろうけど。というわけで、1時間少しかけて、A4で2枚分のレポートをさっと書いた。宿題を残しているとどんどんつらくなりそうだから、できるだけ時間を空けずに片付けていくスタイルでいかねば(と思いつつ、だんだんたまっていきそうだけど……)。

スーパーに買い物に行ったら、良さそうなラム肉が安く売られていたので買う。それを用いて、キャベツやもやしなどと蒸し煮にして、ジンギスカンもどきを作って食べる。わりと美味しい。食べながら、NHKプラスで「NHKスペシャル | ダビンチ・ミステリー第2集 “万能の天才”の謎〜最新AIが明かす実像〜」を觀る。レオナルドの残した手稿から単語間の関係を時系列で解析して、分野や年齢という切り口で、どういうつながりで発想していたのかを分析するという取り組みを紹介していて、めちゃくちゃ面白い。それにしても、レオナルドの圧倒的な生産性にあらためて心を打たれた。

暦本純一さんが紹介していたのを見て知った『梅棹忠夫の「人類の未来」 暗黒のかなたの光明』を読む。梅棹忠夫については書籍や伝記、「太陽」の特集などあれこれ読んではいるのだが、やっぱりあらためてこういう感じの巨大さというものを折に触れて思い出していく必要があるよあなどという気持ちになる。梅棹忠夫が文明と情報産業について考えていたことをいまの時代に考えるとしたら、自分の研究についても、ある特定の課題だけをみるのではなく、サイバースペースの文明史観のようなことを考えて行く必要があるのではないだろうか?しかしそれってどんなものなのだろうかなどと思う。

2020年5月8日

住んでいるところが対応開始したと知り、特定定額給付金のオンライン申請をやってみようと試みる。サイトの作りの冗長さにややイライラするものの、iPhoneでマイナンバーカードを読み取って申請ができるのはすごいなーと思っていたところ、最後のステップで電子署名用のパスワードがわからず、詰まる。そういうのがあったら1Passwordに登録してるはずなのだけど、見当たらない……。なんだったっけなあ。全然思い出せない。というわけで一回休み。それにしても便利だなあ。もっと普及してほしいものだ。

定例的な業務をこないしたり、CTO協会仕事をやったり。いろいろちゃんとやれていなくて仕切り直しみたいな感じで新たにあれこれやっていくことになったのだが、ちゃんと数字を見て目標を持ってやっていくみたいな基本的なことができていないことに気付かされ、心を入れ替えてやっていくことにした……。そんなこんなでやるべきことが増えてきたので、以前入れたものの使っていなかったEffortlessをちゃんと使おうと思って、タスクごとに時間を切って取り掛かることにした。

夕食の後、明日から始まる大学院の授業に備えて、あれこれ準備。ノートをどうやって取ろうかと考えて、やっぱり普通にパソコンのキーボードを叩くのが一番はやい入力方法だろうと思って、パソコンを使うことにした。また、ふだんの個人のメモとかはEvernoteを使っているのだが、階層化したいというのもあってNotionの一番安い有料プランに登録して使うことにした。とりあえず明日の講義から使っていくのだが、効率化のために階層を作るのと、受講録用のテンプレを作成。

授業はオンラインでWebExやLMS(Learning Management System)を使うのだが、インストラクションに従って準備していくも、どうも期待する状況にならない。それで先生とメールでやり取りしたり、有志のSlackで質問したりなどして、なんとか解決したっぽい。不具合もあったので、教務課にメールで報告したりなど。これで3回目ぐらいだ。大学としてもいろいろ初めてづくしで、だいぶ手が回っていないのだろうなあ。苦労が忍ばれる。

2020年5月7日

一日があっという間に過ぎていく。

研究について、調べるだけでなくできるだけ考えたことや調査中のことを外部化しようと思ってスライドにメモったものを研究所で見せたら、いろいろフィードバックをもらってありがたい。自分ひとりだと絶対できないことだよなあ。研究というのも、こうしてひととのつながりによって何かができていくことなんだろうなあ。なんでもいいから毎週アウトプットしていく、というのを続けていこう。

夕食は、あまりものでスープパスタ。その後、あらたにサーベイを始めたのだが、どうにもうまく狙った内容のものがひっかからなくて往生する。連休明けで疲れてもいるので早々に止めておいて、本を読む。「美術手帖 2020年 06月号 [雑誌]」は、昨今のコロナ禍もあって、エコロジー、すなわち、人間だけでない世界についての話。ピエール・ユイグさんの話が面白いので、むしろこの雑誌で彼の特集やってくれないかなー。日本で個展でもあればそういうことにもなるんだろうけど。さらに、佐々木敦さんによる新しい雑誌「ことばとvol.1」に千葉雅也さんの小説が掲載されているのを知ったので、さっそく読む。

2020年5月6日

朝、起きてうつらうつらしている時に研究ネタがふってきたので、リビングにいってiPadでメモ。ようやく、寝ても覚めても研究、という感じになってきた。もっと常に考えている状態にしていかねば。

その後、またベッドに戻って「写真撮影はクリエイティブ脳の筋トレ 落合陽一が語るカメラへの愛情」を読む。いわく、ライフログ的な映像は記憶にはなりえなず、カメラによるフレーミングこそが重要なのだという話は、昨今考えていた記憶の圧縮について示唆を与える話だと思った。さらに、起きてOMNeT++いじり。バージョン6のプレリリース版が出ていたので、そちらを使うようにする。まずはサンプルをあれこれいじってみて、雰囲気を掴む。しかし、やろうと思えばなんだってできるんだなあという感じですごい。

昼食にパスタを作って食べつつ「「福原愛」 - インタビュー ここから」を觀る。あまりにも素晴らしすぎて大きな感銘を覚えた。質問に答えるときの表情、声の出し方、もちろん話している内容も極めて尊く、このような人間が存在することに大変な有り難さを感じた。

その後、KOHHさんの新譜が出ていたのに気づいたので聴きながら、OMNeT++の続き。チュートリアルをやったり、実験してみたいことのフィージビリティを検証したり。やりたいことはできるにはできそうだが、だいぶ手間がかかるし一般化が難しく、どうしたものかなあと、とりえあずおいておく。なにかしらアウトプットをひとつぐらいはしようと思って、ネタのうちの書きやすいものを(昨日リリースされていたAzusa3を使いたくもあり)スライド化してみた。書いていると考えがまとまってきてよい。一方で、特に面白くもないなという気にもなる。

夜は、先日のまぐろの残りを使ってヅケ丼。だいぶざっくりとおおぶりに切ったまぐろを15分ほどヅケにして、大葉と海苔をご飯にしき、その上に乗せるだけ。また、買った中に入っていたカマトロも食べたのだが、こちらもとても美味しい。豊洲市場の大元商店から取り寄せたものなのだが、こんなものを素人が家で食べられること自体は、いましかない楽しみではある(もちろん、そういうことにならざるを得ない状況があってのことなので、状況自体は喜ぶようなことではないのだが)。

少しずつでも研究のアウトプットを出すために定期的な進捗振り返りをしようと思い、会社のNotionに週報テンプレを作り、とりあえず今週分を書いてみた。続けられるかどうか不明だが、しばらくやってみよう。

2020年5月5日

CSECの研究会から論文を1本読んだ後、GitHubの自分のリポジトリ一覧を眺める。思えば僕は、なんか自分だけでオリジナルなことをするというよりは、ネットでの交流の中でアイディアを得て、あれこれやってきたのだよなあとあらためて気づく。そうであれば、研究にしたって同じようにやっていけばいいのかなあと思う。先人のやっていきにのっていって、少しでもなにか残せればよいのだろう。

昨日テイクアウトした蕎麦を茹でる。ついでに、そろそろだめになりそうな筍と揚げ豆腐をきんぴらにしたり。蕎麦は、店で食べるような感じとは違い麺がくっついてしまって往生したが、それでもやっぱり美味しい。日本酒がほしくなる。

3週間ほど前に買ったdotmodのdotaioが一週間ほど前から回路不良っぽい感じでまともに動かなくなったのをお店にいったら、初期不良ということでとりかえてもらえた。先日、業を煮やして新しいデバイスを注文していたものが今日届いて、交換してもらえるなら買わなくてよかったとは思ったものの、まあ、もうひとつぐらいあってもいいかと思い直した。

研究室のSlackでOMNeT++を使ったシミュレーションのアイディアが話されていて興味を抱いたので、とりあえず使ってみようと思ってダウンロード。完了したと思ったらLinux版で、Mac版をダウンロードし始めたらネットがやたら遅くなってきて全然進まない……。しかたないので、ドキュメントを読み始める。ついでに、CPSのセキュリティとか、シミュレーションでなんかするみたいな論文を探してみたり。

夜はCTO協会のミーティングを2時間やった後、カップラーメンとレトルトカレーで夕食を済ませ、さらに論文やOMNeT++の続き。がんばればやりたいことはできそうに見える。何に役立つかはともかく、ひとから刺激を受けて面白そうだと感じたことは、どんどんやっていくのがよいだろう。そうしているうちに、なにかおもしろいことが見えてくるんじゃないかという気がする。

などとやっていたら地震警報がなる。昨晩?一昨晩?だかも地震警報がなって揺れたよなあ。こんな時に大きな地震までくるととんでもないことになるので、勘弁してほしい。

2020年5月4日

今日もひたすら論文などを読む。その課程で、Google Scholarでひっかかったある論文を読んでたら、ジャーナルに採録されたものだとあるのだが、内容がなんというかあまりにもアレなので「なんだこれは?」と思ってそのジャーナルの名前でググったらいろいろな評判が出てきて、これが噂のそういうアレなのかという気持ちになった。そういうのはGoogle側で弾いておいてほしいよなあとも思うが、そうもいかないのかもしれない。

あれこれ考えて、やっぱり全体としては以前ツイートしたことに包含されるよなあと思って、ツイートをScrapboxのページに修正の上で転記した(「環境問題としてのセキュリティ - 栗林健太郎のScrapbox」)。こういうことを考えたいみたいなのはいろいろあるのだが、そのどこにフォーカスするかというのが課題だなあ。

思えば、自分はある特定のなにかというのにはなりたくない気持ちが強い。「〜といえば〜なひと」という専門性に憧れがある一方で、そういう限定を付されるような状況にありたくないという気持ちもある。たとえば、ある作品シリーズを何十年も作り続けているひとに対して敬意を持つ一方で、自分はそういう生き方をしたいとは思わない、みたいな。しかし、いま自分がやろうとしていることはこれまでの自分が苦手としていたことをやろうということであるのだよなあ。

研究の進め方をルーティン化しようと思っていたのだった(というのをいま書いていて思い出した)。週次で目標を立ててレビューをし、ふりかえる。読んだ論文ややった実装、取り組んだこともろもろも記録しておく。上であれこれ書いたけど、結局そういうのって自分の気持ちの問題というよりは、単純に継続性の問題なのかもとも思う。つまり、誰にでもあるような継続性の不足を「認知的不協和」的に正当化するために、なにものかになんてなりたくないんだ!と思っている、みたいな。だから、なにかひとつを継続することができれば変わるようなことなのかも。

夜、「湯村氏博士号取得記念パーティ in cluster」に参加する。博士後期課程進学以降の取り組みについてスライドを用いてお話していて、とても勉強になったし、自分もこういうことをやっていきたいなあと思った。その後、彼の博論に目を通したのだが、めちゃくちゃ面白いし自分のやりたいこととも近いところがあって、こういうのを書けるようになりたいものだなあと思う。

その後もさらに論文読み。からのRFCを読んだり、関連論文をさらに読んだり。

2020年5月3日

今朝の日経新聞のアート欄は九州派。経済発展期を反映したミックスドメディアに、あらためて感銘を覚える。九州派の作品はあまり残っていないというが(そもそも作品を残すという意識があまりなかったため)、福岡市美術館所蔵のものを機会があれば観たいものだ。記事の中で気になるところがひとつあった。中ザワヒデキ『現代美術史日本篇1945-2014: ART HISTORY: JAPAN 1945-2014』でも紹介されている、菊畑が入選した絵を持っていったら笑われたというエピソードが、この記事でとった新たなインタビューにおいて、本人によって否定されている。そのエピソードは、もともとは菊畑が著書で書いていた話で、九州派の既成にとらわれないアヴァンギャルドぶりを示すものだったが、盛られた話であったということだ。

地図を作るということについて考える。ひとは誰しも、自分なりの地図イメージというのを持っている。たとえば美術好きにとってとスポーツ好きにとっての街とは、ずいぶん異なったイメージになるだろう。暦がそうであるように、地図もまた権力のものであるわけだが、自分なりの地図を作ることによって制度をはみ出していくことの素朴な肯定を、あらためて行っていきたいものだと思う。それでシチュアシオニスト・アンテルナシオナルについてググってると、「シチュアシオニスト オンライン文庫」というものがあり、驚く。一方で『「地図感覚」から都市を読み解く: 新しい地図の読み方』的なリテラシを持つこともまた、自分なりの地図を作るということにつながっていくことだろうと、地図への気持ちをあらたにする。

だいぶ前にチェーンが外れてしまったまま自転車を置き場に放置してあったのだが、スーパーへの買い物に出歩くのに整備しておいたほうがよかろうという気持ちになってきて、外れていたチェーンを直したり、ついでにずいぶん汚れているのであちこち拭き掃除をしたりなど。かわいい自転車が戻ってきて、うれしい。さっそく自転車を用いて買い物に出て、ついでにそこらをひとまわりポタリング。大規模な開発をしているあたりは以前とは全然状況が違っていて、当たり前のことではあるが驚く。存在を知ってはいたが初めて実地にいきあたる坂を登ったりして興奮したりする。帰宅して、20時からのオンラインのみの前にさっと夕食を作って食べる。

配属予定の研究室の方々に、オンライン歓迎会をしていただいた。研究室の方々は、たぶんみなさん12月のゼミに参加した時にお会いしたことがあったとももうのだが、あらためてバックグランドや興味などについてしることができてよかった。そのS先生と、会社の研究所の顧問をしていただいているR先生との昔からのつながりの話などもきいて、人々のつながりや技術の歴史について熱い気持ちになったりした。その後、ワインをひたすら飲みながらインターネットの歴史についてだとか、ハニーポットについてだとかあれこれ調べ物。