Kentaro Kuribayashi's blog

Software Engineering, Management, Books, and Daily Journal.

2019年1月7日

最近入社したK氏とメモツールについて話をしていて、自分の性格というか傾向について気づいたことがあった。

先日『メモの魔力 The Magic of Memos (NewsPicks Book)』を読んだことで、メモを取る習慣を身につけようとこの人生で何度目かで思い、紙のノートをひっぱりだしてみた。しかし、やっぱり紙に書くのは難しい。面倒というのもあるし、ノートがなかったり、ペンがなかったりしたときにどうするかという問題もある。また、ノートはどこでも書けるわけでもない。

そうなるとiPadなりiPhoneなりにメモればいいじゃんということになるのだが、自分がやりたいのは、単なるメモではなく、手書きをしたいということ。しかし、iPadと初代Apple Pencilという組み合わせは、後者の充電のしかたが最悪だったこともあり、使うに至らなかった。Apple Pencilの充電が切れてるかもしれないというストレスを抱えては、使い続けられない。2代目も買って持っているのだが、初代のトラウマもあり、いまだ使うにいたれていない。

僕は、ふだん読む本が紙でしか出てないことが多いため、ほとんどは紙の本に3色ボールペンでマーキングしながら読んでいるのだが、そうしていると逆に、3色ボールペンがないと読めなくなってきて、本末転倒なのだがしかたがない。なので、3色ボールペンをやたら持っていて、会社にも、ふだん持ち歩くバッグにも、家の机にも、ベッドサイドにも、およそ自分が存在し得る場所にはどこにでも置いてある。

また、自分は知的好奇心が相対的に強く、また、対象範囲も広い方だとおもうのだけど、それは純粋な好奇心というよりはオブセッションに近いという気もしている。つまり、知識がないせいで本来楽しめたはずのことが楽しめなかったり、見えていたはずのことが見えなかったりすることを恐れているのだろうと思う。だから、自分ではハンドルできないほどの情報を常に摂取している。

というのを総合・抽象すると、自分は機会損失するかもしれないという恐れに対して心理的負担やストレスを覚えるのだということがわかった。それを避けるためには、そもそもApple Pencilを使わないというような、ストレス源を回避することで自覚できなくするという方法もあるし、3色ボールペンをあちこちに置くというように、ストレスを感じる状況を軽減する方策もある。できる限り、後者のようにポジティブな向き合い方をしていきたいものだ。

などということを考えながら、ライアーで北ローヌのシラーを飲んでた。